2023年9月29日

  • 教員

国際関係学部 国際学科 宗ティンティン 先生

宗ティンティン先生メイン

中国古代音楽を専門に研究、プロの中国琵琶奏者としても活躍

プロフィール

宗ティンティン(ヅォンティンティン)先生。中国西安市出身、6歳から琵琶を始める。国立西安芸術学校 中国琵琶専攻を首席で卒業。1997年留学生として来日。2001年第10回在日留学生音楽コンクールで琵琶を演奏し、優勝したことをきっかけに全国デビュー。

2007年中部大学大学院国際人間学研究科博士後期課程修了。博士(言語文化学)。博士号取得後、中部大学国際関係学部の講師として着任。現在は国際関係学部 国際学科 准教授。

趣味はガーデニング、ピクニック。最近は中学生の長男が料理に熱を上げるようになり、コックコートを着て、フランス料理のフルコースを振る舞ってくれることがうれしい。

先生の研究内容

宗ティンティン先生お話中

「中国の少数民族が多く集まる雲南省に残された古代漢民族の宮廷音楽『洞経(どうけい)音楽』について調査しています。琵琶奏者として世界各地をツアーで回る中で、雲南省の麗江(れいこう)市を訪れた際に、道教儀礼音楽『納西古楽』を初めて聞きました。そこでは平均年齢80歳の長老たちが、珍しい琵琶を奏でていました。かつてシルクロードの壁画に描かれ、今はもう使われていないと思われた楽器が、なぜここで使用されているのか、なぜこんなに気持ち良さそうに演奏できるのか、なぜ遠く離れている長安のメロディーがこの辺鄙(へんぴ)な山岳部で響いているのか…など、さまざまな疑問が浮かび、その夜は心を奪われて眠れませんでした。好奇心旺盛な私はすぐにこの研究に取り組むことを決心しました。それから20年以上の歳月を経た今でも現地調査を行っています。他にも古代中国の歴史や衣装などの文化を研究しています」

「中部大学海外研究員」制度で長期フィールドワーク

「今年の4月から8月まで『中部大学海外研究員』制度を利用し、中国へ現地調査に行きました。まず、6月に世界遺産の街、麗江市唯一の大学『麗江文化ツーリズム学院』で講演会を行ったことにより、客員教授に任命されました。これにより、中国で今までつながりがなかった地域の大学とのパイプができました。例えば、少数民族研究に興味がある学生の留学先の一つにするなど、今後、交流ができることを期待しています。

フィールドワークでは雲南省(日本本土と同じくらいの面積)のほぼ全域の『洞経音楽』を調査し、地方ごとの特色について比較を行いました。結果として、楽器、旋律、継承の仕方など、麗江市の中でもその土地によって独自性を持っていることが分かりました。音楽は国境を越えることができるので、初めて訪れる土地でも楽器と楽譜さえあれば、コミュニケーションを図ることができます。現地調査中は、10歳の次男が常に一緒で、良い助手となってくれました。ただ、5カ月の間、主食がずっと『ビーフン』だったため、最後の方は飽きて愚痴をこぼしていました(笑)」

宗ティンティン先生在外研究
2023年7月 「中部大学海外研究員」制度でフィールドワーク

日本と中国の歴史を音楽劇に

宗ティンティン先生公演チラシ

「2022年に『日中国交正常化50周年』を記念した音楽劇『遣唐使物語』のプロデュースをするとともに、出演もしました。この公演は日中両国の歴史を音楽劇にしたもので、好評につき、2023年12月に再演が決定しています。

長い日中両国の歴史の中で、最も頻繁に文化交流が行われたのは日本の奈良時代、中国の唐時代であり、6~9世紀には日本から18回、合計数千人の留学生、学問僧、音楽家、陰陽師、画師などの遣唐使が海を渡りました。彼らは唐の都長安で法律、音楽、建築、仏法などを学んだのち、それらの文化を日本に持ち帰り、広めたことで、現在に至る日本伝統文化の土台が作られました。中国において最も有名な遣唐使として知られる阿倍仲麻呂は生涯、唐王朝の高官や歴代遣唐使の世話人を務め、さらに、唐の詩人李白の友人であり、日中文化交流の架け橋の先駆者として中国の歴史にその名を残しています。

この公演では、阿倍仲麻呂が滞在した長安の街、そして西域の西市の文化、玄宗皇帝と揚貴妃からの招待で訪れた唐王朝の宮廷文化を音楽劇で再現します。唐の音楽を代表する琵琶と阮咸(げんかん)、そして資料を元に忠実に復元された華やかな唐時代の衣装で1300年前の唐文化の繁栄を楽しんでいただけると思います。

これらの取り組みは研究者としての社会活動の一つです。難しい学問を文字だけでなく舞台で表現することも、音楽人類学者がやるべきことだと私は思っています」

先生の学生時代

宗ティンティン先生学生時代
2007年度 学位記授与式で博士の学位を受け取る

「琵琶奏者として長年、芸能活動を続けていましたが、大学の教員になることが私の一番の夢でした。文化人類学者である長島信弘先生(中部大学名誉教授、国際関係学部 元学部長)に憧れ、ぜひ先生のもとで学びたいと考え、先生が指導されている中部大学大学院国際人間学研究科に進学を決めました。

芸能活動と学業を必死に両立させ、年間50本以上の公演をしながら、修士論文や博士論文を執筆しました。新幹線の移動中や楽屋で論文を書くこともありました。長期休暇の際には必ず雲南省に出かけ、フィールドワークをしている合間に曲作りをしていました。『よく遊び、よく挑戦し、よく時間の調整をした』これが私の学生時代です。

長島先生が2007年に定年退職されたあと、私は中部大学の教員となりました。長島先生からは『ティンティン先生は中部大学の国際関係学部にずっといてくださいね』と言われ、その思いを持ちながら今も頑張っています。私は中部大学が大好きで、中部大学への愛は人一倍あると思っています」

メッセージ

宗ティンティン先生プロフィール

「学問というと難しいイメージを持っている人が多いです。実はそうではなく、学問はどこにでもあり、探求心と行動力があれば、あなたも優れた研究者になれるかもしれません。『深く研究すれば何でも学問になる』は私の座右の銘です。大学に入ったら今までの自分とは違う、面白い斬新な世界を作りましょう」

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