複雑怪奇で面白い魚の世界を広めて社会貢献を
プロフィール
武井史郎(タケイシロウ)先生。静岡県出身。三重大学生物資源学部生物資源学科(海洋生産学コース)卒業、名古屋大学大学院生命農学研究科修了。博士(農学)。青山学院大学理工学部非常勤助手および助手、愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所リサーチレジデント、浜松医科大学メディカルフォトニクス研究センター特任研究員、浜松医科大学医学部特任助教を経て、2017年に中部大学に着任。現在は応用生物学部 環境生物科学科講師。
好きな食べ物はおにぎり(明太子マヨ、ツナマヨ)。趣味は釣り、料理。最近、家族に作った料理は五目ちらし寿司。鶏肉と根菜類などを使い、濃口しょうゆ・みりん・砂糖で炊いた遠州の田舎風味の味付けは、子どもたちにも好評だった。
先生の研究内容
「さまざまな環境に生息する魚類を用いて、感覚器の機能、生体内成分の機能、環境汚染への影響といったテーマを中心に研究を行っています。最近は魚類の『透明標本』を用いて、新しい形態学的手法の開発や博物学展示への寄与に関する研究を主体としています。
ここでの『透明標本』とは、生き物の体を脱色・脱脂の後に屈折率をあわせる組織透明化の技法(CUBIC法、2014年 東京大学・理化学研究所の上田泰己博士研究室が開発)をさらに改良して作製したものです。これにより神経など複雑な体内構造を立体的に観察することや、飲み込まれたプラスチックなどの異物の観察が可能になりました。
実際の活動としては川・海・養殖場・漁港・魚市場など、さまざまなフィールドに自ら赴いて実験材料である新鮮な魚を入手し、実験室に持ち帰って解剖、顕微鏡観察、化学分析といった方法で実験と解析をしています。この研究の魅力は、何と言っても複雑怪奇で面白い魚の世界を自らの研究で新発見できることです」
「幼魚水族館」への展示協力やイベントに出展
「2022年から、魚などの水生生物の幼魚の展示に特化した幼魚水族館(静岡県)との連携をしています。きっかけは深海生物の入手に関する相談を受けたことでした。ある時、幼魚水族館の鈴木香里武館長と広報の石垣幸二氏が、私の研究室で作製した透明標本をご覧になり、大いに感心してくださりました。その後、2022年7月の幼魚水族館の開館にあわせて、透明標本の常設展示コーナーを設けていただきました。2024年7月にはコーナーをリニューアルし、展示面積が拡大されています。
また、『動物学ひろば(日本動物学会)』『サイエンスアゴラ2023(科学技術振興機構)』『いきものづくし2024』などへの参加を通じて透明標本の展示活動を積極的に行い、小中学生から大人まで多くの方に自然生物のかたちの面白さを伝えています。展示やイベント活動を通じて、博物学・啓蒙・広報・教育など各分野に寄与することが研究と同等に大切であることを実感しています」
研究を始めたきっかけ
「生まれ育った静岡県磐田市は天竜川や遠州灘といった川や海のある自然豊かな地域で、よく父と釣りに出かけていました。とにかくいろいろな種類の魚を見ることが好きで、釣りの中でも“五目釣り”が好きでした。大学は水産学を学べる大学を全国から探し、三重大学に進学しました。大学の研究室に所属した際、魚のかたちにはそれぞれ機能的な意義があること、しかし不明な点も多くあることを学びました。いろいろなかたちの魚を自ら探すことができ、しかも自らの手でその機能的な意義を追究する研究があることを知り、この研究を志したいと思いました。
しかし、魚の研究だけでは就職口が狭く、名古屋大学大学院生命農学研究科修了後は一度魚から離れ、人間や動物の形態学を研究し解剖学などを学生に教えていました。このとき視野を広げたことで知識や技術を深められたと思っています」
先生の学生時代
「学生時代は、家庭教師・コンビニ・その他単発のアルバイトのほか、魚関係ではカニの加工工場で冷凍タラバガニをさばく仕事をしていました。学部の授業はとにかく魚三昧でした。魚と水産に関する講義はもちろん、乗船や缶詰作りなどの実習もありました。船酔いしない体質であることは恵まれていたと思います(笑)。研究室に所属した後も魚の研究を行うために魚釣り、魚市場への買い付けなど、魚にのめり込む日々でした。
そんな中、学内および学外でたくさんの人に出会い、社会人としての人との接し方や仕事の進め方、人生における哲学などを教えていただきました。中でも三重大学時代からの恩師である宗宮弘明先生(中部大学名誉教授・中部高等学術研究所客員教授)には、今の研究につながる理念や考え方を教えていただき大変感謝しています。一時期、魚から離れていた私に“魚の研究に戻ってこないか”と中部大学に誘ってくださったのも宗宮先生です」
食と環境問題
「趣味の釣りでは、自分でさばいて調理し命をいただくところまでがセットです。魚料理のおすすめのはコノシロ(成長とともにシンコ→コハダ→ナカズミ→コノシロと呼び名が変わる出世魚)の湯引きと蒲焼です。一般的にはあまり知られていない魚ですが、愛知県でも夏過ぎから冬にかけて、市場で安価に出回ります。
魚は種類によって、とれる時期と場所が決まっています。例えば鮎の幼魚(氷魚)は毎年冬に琵琶湖で捕れます。しかし、ここ数年は地球温暖化により漁獲量が減っています。このように今まで当たり前にあったものが当たり前ではなくなる可能性が大いにあります。
また最近では、応用生物学部の実習農場で“脱プラスチック農業”を担当しています。収穫した野菜(丸オクラ、キュウリ、ミニトマト、マクワウリ)を使い、研究室で料理を作って、学生たちと一緒に食べることもあります。学生たちには“食と環境問題は密接に関わり合っている”ことを意識してほしいと思います」
メッセージ
「仕事を通じて、人々や社会に役立つことの面白さを知ってほしいです。世の中の仕事はたいてい自分にとっては面白くない仕事が多いです。しかしながら、まずはやってみてください。初めは面白くない、向いていないと思っていても、努力して成果を得て、仕事仲間やお客さんに喜んでもらえたら、皆さんにとって新しい一面が芽生えると思います。私自身も幼魚水族館との連携などを通じて“多くの人に知ってもらえることのうれしさ”というこれまでの人生には無い新しい価値観を持つようになりました。ぜひ皆さんにも、この面白さに巡り合ってほしいと思います」