2022年6月15日

  • 教員

工学部 創造理工学実験教育科 岡田信二先生

岡田先生メイン

原子物理、ミュオン科学、原子核ハドロン物理が専門
エキゾチック原子、ミュオン触媒核融合、ストレンジネス核物理、超伝導検出器の研究

プロフィール

岡田 信二(オカダ シンジ)先生。東京工業大学大学院理工学研究科基礎物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。理化学研究所 基礎科学特別研究員、イタリア国立核物理研究所 フラスカティ研究所 博士研究員、理化学研究所 協力研究員を経て、2020年4月に中部大学に着任。工学部 創造理工学実験教育科准教授。ミュオン理工学研究センターを兼任。

東京都生まれ。奥様とお子さん2人の4人家族。休日は、上のお子さんとは一緒に楽器の演奏を、下のお子さんとは一緒にテニスなどのスポーツを楽しんでいる。

岡田先生を Close Up!

先生の研究内容

岡田先生

「通常原子は、1つの原子核と、その周りを回る複数の電子で構成されています。このうち1つの電子を別の粒子に置き換えたら何が起こると思いますか?私は、加速器という粒子を光の速度近くまで加速して高いエネルギーの状態を作り出す装置を使って特殊な粒子を生成し、それを原子や分子内に取り込んだり、原子核の内部に埋め込んだりする、風変わりな原子核・原子・分子の研究をしています。この研究では、粒子間に働く力の研究や粒子の質量、原子核のサイズなどの基本的な量の測定ができたり、非常に特異な現象を引き起こすことができます。 例として『ミュオン』と呼ばれる粒子を用い『風変わりな原子・分子』について具体的に説明したいと思います。ミュオンは、電子よりも200倍重い素粒子で、これを原子中の電子と置き換えることにより、通常より200倍小さいサイズの原子を作ることができます。これは、ミュオンが原子核に極めて接近することを意味します。この接近する際に発する光(X線)を測定すれば、原子核の大きさ(荷電半径)や粒子間に働く力の情報を得ることができるのです。同様に、ミュオンを用いて小さいサイズの分子(2つ以上の原子から構成される系)を作ると、ミュオンが2つの原子核同士を通常では近づけないほどの近距離まで接近させることができ、なんと、太陽のような超高温プラズマ中でしか起こらない特異な現象『核融合反応』(軽い原子核同士が融合して重い原子核になる反応)を起こすこともできます」

研究を始めたきっかけ

「大学4年生の時に恩師の中井浩二先生(現:高エネルギー加速器研究機構名誉教授)の研究室で、素粒子・原子核物理学研究における加速器実験の面白さに触れたことが研究を始めたきっかけです。当時『高エネルギー加速器研究機構(KEK)』(茨城県つくば市)という研究所で実験を行っていました。この研究所ではノーベル賞の受賞につながったニュートリノの実験やBファクトリー実験といった数百人もの研究者によって実施される大規模加速器実験から、数十人程度で実施される加速器実験など多種多様な研究が盛んに行われていました。そこで私は風変わりな原子核の研究を行いました。これは、陽子と中性子からなる原子核の一部を別の粒子(ラムダ粒子)に置き換えた『ハイパー核』という原子核の研究です。原子核に異物を埋め込むことで、その異物が目印となり通常では難しい原子核の中身を詳細に調べたり、原子核間に働く力の研究を行いました。

博士課程修了後は理化学研究所で、風変わりな原子(エキゾチック原子)の研究へとシフトしていきました。原子核のまわりを『K中間子』とよばれるマイナスの電荷を持つ粒子が、通常の電子の代わりに回っている『K中間子原子』の研究です。この原子からのX線を精密に測定することで、K中間子と原子核の間に働く力を詳細に研究することができます。この研究は、宇宙空間に浮かぶ巨大な“原子核”とも呼ばれる『中性子星』の内部を理解する上でも重要な役割を果たすと期待されています。さらに研究を進めるため、約4年間、本研究に最適な加速器のあるイタリア国立フラスカティ研究所に行きました」

岡田先生受賞

長年理論と実験の不一致が問題だったK中間子ヘリウム原子からのX線のエネルギーを精密に測定した成果で2009年に『日本物理学会若手奨励賞』を受賞(右が岡田先生、左が現:理化学研究所仁科加速器科学研究センター長 櫻井博儀博士)

イタリアでの研究

フラスカティ研究所で共に研究を行った仲間と(前列右から3人目が岡田先生)

2021年7月に『最先端超伝導検出器で探るミュオン原子形成過程の全貌─負ミュオン・電子・原子核の織り成すフェムト秒ダイナミクス─』を、2022年3月に『大強度加速器×超高精度”温度計”で原子核を作る力に迫る風変わりな原子からのX線の測定精度を飛躍的に向上』の研究成果を発表

「まず、研究の背景について説明したいと思います。エキゾチック原子の実験では、原子から放出されるX線のエネルギーを精度良く測定することが重要です。しかしビーム強度が限られているため、生成できるエキゾチック原子の数はあまり多くない上にエキゾチック原子からのX線は四方八方に放出されるため、大きな検出面積をもつ半導体検出器が広く利用されてきました。一方、非常に優れたエネルギー分解能をもつ検出器としては結晶分光器が有名ですが、検出面積が極端に小さいという欠点がありました。そこで、近年急速に発展している、極低温技術を応用したX線検出器『超伝導転移端センサー(TES)型マイクロカロリメータ』(以下TES検出器)に注目しました。これはX線の測定において、これまで主流だった半導体検出器よりも1桁以上優れた結晶分光器に匹敵する分解能を持っています。多素子化することで検出面積を大幅に拡大でき、広いエネルギー範囲をカバーすることができます。そのような優れた機能がありながら、加速器実験のような過酷な放射線環境下では、誰も使用したことはありませんでした。

2012年にイタリアから帰国し、次はエキゾチック原子研究にブレークスルーをもたらすことを目指し、TES検出器の技術開発で世界をリードしているアメリカ国立標準技術研究所(NIST)との国際共同研究チームを立ち上げました。原子核・ハドロン物理分野だけでなく、原子・分子物理分野や、TES開発に携わっている宇宙物理分野の研究者との分野横断チームです。
2014年に、まずスイスのポールシェラー研究所(PSI)で初めて加速器実験でTES検出器の動作試験を実施しました。その後も引き続き段階的に科研費を獲得しながら、ビーム試験・セットアップの改良・データ解析手法の開発を重ねていき、過酷な放射線環境下であってもTES検出器が本来持っている優れたエネルギー分解能を実現できるようになりました。そして2018年に『大強度陽子加速器施設(J-PARC)』(茨城県東海村)で、ついにTES検出器を用いた初めてのK中間子原子実験を成功させました。慎重に解析を行い、ようやく論文として仕上がった成果が2022年3月のプレスリリース『大強度加速器×超高精度“温度計”で原子核を作る力に迫る-風変わりな原子からのX線の測定精度を飛躍的に向上-』です。プロジェクトの立ち上げから約10年という歳月をかけ、国内外の様々な分野の研究者が一丸となることで得られた成果でとても感慨深いです。

TES検出器を用いたK中間子原子実験を行っていく中でわれわれの研究チームは、加速器におけるX線分光実験のブレークスルーにつながる先端測定技術を世界に先駆けて手にしたわけですが、このような高分解能化をもたらす計測技術の革新は自然科学の新たな発見につながります。本計測技術を用いた実験で本検出器の威力を早速見せつけたのが、2021年7月のプレスリリース『最先端超伝導検出器で探るミュオン原子形成過程の全貌─負ミュオン・電子・原子核の織り成すフェムト秒ダイナミクス─』です。これは別の目的で行っていた測定中に、これまでの分解能では見えなかった大変面白い現象を偶然発見したもので、まさにセレンディピティ(思いがけない幸運)でした。

次は、この検出器を、風変わりな『分子』の研究に応用することを計画しています」

先生の学生時代

「大学学部時代は授業後には課外活動でテニスをしたりアルバイトをしたりといった生活でした。大学院に進学してからは研究に没頭し、自分の博士論文の実験だけでなく、国内外さまざまな加速器実験に参加する機会に恵まれました。多くのプロフェッショナルと交流することで、実験物理学者になるための基礎を固めることができました」

メッセージ

岡田先生

「常に多方面にアンテナを広げ、いろいろなことに興味を持ち、特に興味を持ったことはとことん突き詰めてほしいです。大学には、さまざまな学問分野に関する最先端の情報が気軽に聞ける素晴らしい環境が整っているのに、在学中はその価値に気づかずに過ごしてしまうことが多いです。中部大学のような総合大学では、文系理系を問わず、多岐にわたる専門家が揃っています。このような環境をぜひ貪欲に活用してください」

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