ミュオン理工学研究センター長からの挨拶

お知らせ

    素粒子「ミュオン」に関する基礎から応用まで、幅広い教育と研究を総合的に進めることを目的として、中部大学では、加速器で人工的に生成されるミュオンと宇宙線起源のミュオンの双方を活用する「ミュオン理工学研究センター」を設立しました。

    ミュオンは、電子と似た性質を持ちながらも、約200倍の質量を持つ素粒子で、絶え間なく地上に降り注いでいます。

    20世紀の中頃、宇宙線の中から発見されたミュオンは、素粒子物理学の幕開けを告げ、現代物理の飛躍的な発展に大きく貢献してきました。その特異な性質は、基礎科学のみならず、私たちの暮らしにも影響を及ぼすさまざまな応用の可能性を秘めています。

    近年では、加速器で人工的に生成された「加速器ミュオン」を使った応用研究が活発に進められています。たとえば、ミュオンが水素原子に入り込むことで核融合反応を引き起こす「ミュオン触媒フュージョン」は、次世代のクリーンエネルギー源として期待されています。また、ミュオンが物質に入るときに放つ特有の信号を利用する「元素分析」技術は、物質を壊すことなく内部の元素の種類や量を調べることができ、文化財や地質試料、小惑星(リュウグウなど)からのサンプル、さらには電池材料の解析など、幅広い分野での活用が進んでいます。

    一方、自然界から常に降り注ぐ「宇宙線ミュオン」は、実用面でも大きな可能性を秘めています。ミュオンの高い透過力を活かした「ミュオグラフィ」は、火山や古墳、巨大構造物の内部構造を“透視”することができ、防災やインフラ管理、文化財調査などに活用されています。さらに、宇宙線ミュオンの量や分布の変化を観測することで、太陽活動によって生じる「磁気嵐」などの宇宙天気を予測し、衛星通信や電力網といった社会インフラの安定運用にも貢献できると期待されています。

    このようにミュオンは、宇宙、地球、エネルギー、防災、ものづくりなど、幅広い分野において新たな価値を創出する“未来を切り拓く鍵”として、今後ますます重要な役割を担っていくと考えています。

    20世紀には、電子や光を用いた技術が「エレクトロニクス」「フォトニクス」として現代社会を支えてきました。これからの時代は、「ミュオニクス」という新たな学術領域が、次の時代を支える基盤技術となっていくことを願っています。

    本センターは2020年の発足以来、基礎物理から応用工学、エネルギー分野、さらには実用化を担う企業との連携に至るまで、幅広い学術・産業分野との協力を通じて研究と教育を推進してきました。こうした取り組みを通じて、ミュオンの活用領域は着実に広がり続けています。

    現在、世界はエネルギー、環境、安全保障など複雑な課題に直面しています。これらに持続的かつ柔軟に対応していくには、先進的な科学技術の力が不可欠です。ミュオン理工学は、こうした課題の解決に新たな視点と可能性をもたらすアプローチとして、期待が高まっています。センターでは今後も、学際的な連携と挑戦的な研究・教育活動を通じて、未来社会の持続的な発展に貢献してまいります。

    本センターへの皆様のご理解とご支援を、心よりお願い申し上げます。

    2025年4月

    センター長 岡田 信二

    研究