2023年2月17日

  • 学術・研究

ヘイケボタルは光の「またたき」で会話することを実験で解明-環境変化による減少を食い止める糸口として期待-(大場裕一教授、高津英夫研究員ら)

発表のポイント

  • ホタル[1]は、発光のシグナルを使ってオスとメスがコミュニケーションしている。
  • 今回の研究で、発光のシグナルである「またたき」が「オス」、「交尾していないメス」、「交尾したメス」の3者を識別する鍵の一つであることが明らかとなった。
  • ヘイケボタル[2]は光のまたたきを使って会話していることが実験的に初めて確かめられた。
  • 発光による求愛システムの理解は、環境の変化で減少しつつあるヘイケボタルを保全する上での重要な知見をもたらすだろう。

研究の概要

日本全国や朝鮮半島、中国北部などに分布し、7~8月頃に水田や湿原で見かけるヘイケボタルは、特に草の上に止まっているオスが点滅発光するときの光に、ミリ秒レベルの「またたき」を伴います。このようなまたたき現象は、日本の固有種であるゲンジボタルでは見られません。しかしヘイケボタルが星のまたたきような光り方をする意味は、これまでわかっていませんでした。

中部大学応用生物学部の高津英夫研究員と大場裕一教授、慶應義塾大学理工学部の南美穂子教授は、ヘイケボタルが光の「またたき」を使ってコミュニケーションしていることを明らかにしました(写真、図1)。今回の成果は日本時間2月10日(金曜日)、学術出版大手シュプリンガーネイチャーが発行する科学誌サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports)電子版に掲載されました。

プレスリリース文書

大場先生 発光するヘイケボタルのオス

写真 発光するヘイケボタルのオス

大場先生 図1光りのまたたきはこっちに来るな

図1 光の「またたき」は求愛のウィンク?いいえ、むしろ「こっちに来るな」というメッセージだったようです。

背景:ホタルの成虫は、光を使ってオスとメスがコミュニケーションをしています。このとき、その光り方の違いが、お互いが同種であることや異性であることを見分ける情報となっていることが過去の研究から分かっていました。一方、日本を代表するホタルの一種であるヘイケボタルは、オスもメスも「またたき」をともなう点滅発光をすることが観察されていましたが、その「またたき」の意味は不明でした。

方法:私たちは、まず、愛知県知多郡東浦町の水田地域で野生のヘイケボタルをビデオ撮影し、その動画を分析しました。その結果、草に止まっているホタルには「オス」「未交尾のメス」「交尾済みのメス」の3タイプがいて、それぞれが異なる発光パターンを示すことが明らかになりました(図1)。「オス」はミリ秒レベルの速いまたたきを伴う点滅を繰り返しながら、「未交尾のメス」に近づいていきます。このときの「未交尾のメス」の点滅にはまたたきがなく、1回の発光時間も非常に短くなっていました。一方、草に止まっている「交尾済みのメス」の点滅には、オスのようなまたたきがあり、1回の発光時間はやや長くなっていました。つまり、オスは「またたきをせず1回の発光時間が短い発光パターン」を交尾相手として見分けていると考えられました。

そこで次に、私たちは、ヘイケボタルと同じ黄緑色に光る小型LEDランプを使って、プログラミングにより1回の発光時間とその時のまたたきの強弱を変えた人工のホタルの光を作り、この装置を野外に設置しました(図2)。私たちはこの装置をe-firefly「電子ボタル」と呼んでいます。そのデータを統計解析した結果、草の上にいたヘイケボタルのオスは、「またたきが小さく、発光時間が短い光」により強く誘引されてくることがわかりました(図1)。このことは、野外観察から推測された「オスは、またたきがなく1回の発光時間が短い発光パターンを交尾相手として見分けている」という仮説を支持します。

大場先生 図2 電子ホタルe-firefly

図2 電子ボタルe-firefly。中心の部分がLED素子で、発光パターンはマイクロコントローラーで制御している

研究成果の意義

ホタルの発光コミュニケーションについてのこれまでの理解では、シンプルな時間的要素(発光時間や応答遅れ時間など)が関わっていることまでは分かっていました。しかし、今回、ヘイケボタルの野外観察と「電子ボタル」を使った野外実験にもとづく統計解析の結果、「またたき」というミリ秒レベルの振幅要素も情報として使われていることが初めて分かったのです。なお、ヘイケボタルのような「またたき」を伴った点滅をするホタルは、世界の他の場所からも知られています。おそらくそれらのホタルも、やはり「またたき」を使ったコミュニケーションをしていると考えられます。

ところで、地上に降りたヘイケボタルのオスはなぜ「またたき」を伴った発光を始めるのでしょう。飛んでいるときのオスの発光にはまたたきがありません。未交尾のメスがオスの光に応答している様子は観察されないので、メスに対するアピールではなさそうです。もしかすると、飛翔している他のオスに対して「俺が見つけたメスだからお前はくるな」という牽制アピールなのかも知れません。

では、なぜ交尾を終えたヘイケボタルのメスは、まるでオスのような「またたき」を伴った発光をするようになるのでしょう。交尾後のメスには、次に、産卵という重要な役割が待っています。もしかすると、交尾後のメスは、オスになりすますことで、他のオスからのアプローチにより産卵の邪魔をされるのを防いでいるのかもしれません。

少なくとも「メスは発光で自分の居場所をオスに知らせているだけ」というこれまでのような単純な見かたでは、ホタルの発光を説明し尽くしたことにはならないようです。こうした、ホタルの求愛システムの深い理解が進めば、農薬散布や水田周辺の環境変化に伴って全国的に減少しつつあるヘイケボタルの保全活動においても重要なヒントを与えることができるものと我々は期待しています。

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費JP20H03002(大場)とJP21K11794(南)の支援を受けて実施されました。

用語解説

[1]ホタル

昆虫類のうちホタル科に属する種を、一般にホタルという。英語では「firefly(火の虫)」。世界に2000種以上、日本には約50種が知られているが、そのうち成虫になっても発光するのは一部の種にすぎない。成虫期に発光する種は、基本的に夜行性で、発光を雌雄コミュニケーションに使っていることが多くの種で知られている。

[2]ヘイケボタル

湿地や田んぼの水路などに見られる、日本の里山を代表するホタルの一種。北海道から本州、四国、九州に広く分布する。近年、里山の崩壊により数を減らしつつあり、保全活動の進んでいるゲンジボタルよりも危険な状態にあると言われる。2018年にヘイケボタルの全ゲノム配列が著者らによって解読されている(Fallon et al. 2018. eLife)。

論文情報

雑誌名:Scientific Reports(シュプリンガーネイチャー社)
論文タイトル:Flickering flash signals and mate recognition in the Asian firefly, Aquatica lateralis(邦訳:ヘイケボタルにおけるまたたき発光シグナルと配偶者認識)
DOI番号:10.1016/j.bbrc.2022.12.028
著者:
高津 英夫(中部大学応用生物学部)
南 美穂子(慶應義塾大学理工学部)
大場 裕一(中部大学応用生物学部)(連絡著者)

本学の問い合わせ先

研究に関すること
大場 裕一(中部大学 応用生物学部環境生物科学科 教授)
E-mail:yoba[at]fsc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-9332(研究室直通)

報道に関すること
中部大学 学園広報部広報課
Eメール:cuinfo[at]office.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-7638(直通)

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