発表のポイント
●骨格筋※1のバネの働きをするサルコメア(筋節)※2が自律的に収縮・弛緩を繰り返す現象、「サルコメリックオシレーション」に新たな解析手法を開発し、現象に潜む新たな波動特性を発見
●サルコメリックオシレーションと、サルコメアを仕切るZ線の振動(サルコシンクドオシレーション)の間の相互作用とその波動特性を明らかにすることに成功
●発見したサルコメリックディフェクトホール (SD hole) とサルコメリックコリジョンホール(SC hole)が、筋肉特性を評価するための重要な評価指標になると期待
発表概要
解析技術の革新によるサルコメア振動の新知見
中部大学 生命健康科学部 生命医科学科の新谷正嶺(しんたに せいね)講師は、横紋筋(心筋・骨格筋)の最小収縮ユニットであるサルコメア(図1)が自律的に収縮・弛緩を繰り返す現象、「サルコメリックオシレーション」に潜む新たな波動特性(位相ジャンプを伴う振幅の凹みの様々な挙動)を発見した。この波動特性は、個々のサルコメア長の計測が出来なくても、横紋筋そのものがどのように波打ったのかを計測すれば捉えられるので、超音波画像診断装置等の非侵襲な計測装置の計測と組み合わせることで、人体の内部の心臓や骨格筋の筋収縮系の力学特性が正常か異常かなどを評価するための基盤となると期待される。
これまでのサルコメリックオシレーションの研究
横紋筋(心筋・骨格筋)は、収縮と弛緩の中間の溶液条件において、横紋筋の収縮と弛緩を制御するとされるカルシウム濃度が一定の場合でも、サルコメアが自律的に収縮と弛緩を繰り返すサルコメリックオシレーション状態になることが知られていた。これまでのサルコメリックオシレーションの研究では、波形が崩れていない特定のサルコメアの振動波形に注目し、その波形からサルコメリックオシレーションの性質を調べる研究がほとんどだった。その結果、なぜ波形が崩れるのか、その因果関係への理解があまり進んでいなかった。
崩れた波形も明瞭に捉えられる新しいサルコメリックオシレーション解析手法の確立
新谷講師は以前、自身が発見した、心筋細胞を深部体温程度に温めると細胞内のサルコメアが収縮と弛緩を繰り返す振動状態 (HSOs::Hyperthermal Sarcomeric Oscillations)が、一定の振動周期を保ちつつ、細胞内のカルシウム濃度変化の影響を受けて振動振幅や隣接サルコメア間の位相同期状態をカオス的に変化させていることを捉えた(安定性と不安定性を併せ持った収縮リズム恒常性の発見)。
その際に用いた、瞬時振幅・位相を定義して、崩れた波形も一環として捉える波動解析手法を、今回、一定カルシウム濃度条件で生じる骨格筋のサルコメリックオシレーションの解析にも適用させた。今回はさらに、サルコメア長変化であるサルコメリックオシレーションだけでなく、サルコメアを仕切るZ線の周期的変位をサルコシンクドオシレーションと命名し、このサルコシンクドオシレーションにも同様の波動解析手法を適用させた。この解析により、伝播波が一方向に進む場合や衝突する場合のサルコメリックオシレーションとサルコシンクドオシレーションの相互作用が明確に可視化された(図2)。
この解析結果において、サルコシンクドオシレーションにおける急激な瞬時位相のジャンプを伴う瞬時振幅の凹み「hole」がサルコメア振動を特徴づける指標として観察されることが判明した(図2)。
Sarcomeric Defect Hole (SD hole)とSarcomeric Collision Hole (SC hole)
一方向に伝播するサルコシンクドオシレーションにおいて発生する「hole」は、速やかに解消される一過的な破綻として捉えられたため、Sarcomeric Defect Hole (SD hole)と命名した。このSD holeは、各サルコメアの固有振動数のばらつきなどを原因としたサルコメリックオシレーションの一過的な破綻を原因として、時空間的に一拍遅れてサルコシンクドオシレーションにて発生した。
一方、伝播波が衝突する際にサルコシンクドオシレーションにおいて発生する「hole」は、伝播波の衝突領域にて捉えられたため、Sarcomeric Collision Hole (SC hole)と命名した。このSC holeは伝播波が衝突する際に観察され、伝播波の衝突が続く限り持続的に存続した。また、伝播波の衝突状態が解消され、波動パターンが一方向の伝播波状態に変化する際、このSC holeは伝播波の方向に移動しながら消失した(図2)。
- A. サルコメリックオシレーション状態の骨格筋筋原線維の隣接する連続31本のZ線の振動(サルコシンクドオシレーション)の時系列データ
- B. そのZ線間の距離として定義される連続30節のサルコメア長変化の振動(サルコメリックオシレーション)の時系列データ
- C. サルコシンクドオシレーションの瞬時振幅の時空間分布
- D. サルコメリックオシレーションの瞬時振幅の時空間分布
- E. サルコシンクドオシレーションの瞬時位相の時空間分布
- F. サルコメリックオシレーションの瞬時位相の時空間分布
- G. 図中4秒の時点のサルコシンクドオシレーションの瞬時振幅・位相の変化。距離25μmの部位に生じている、瞬時位相の急激なジャンプを伴う瞬時振幅の凹みがSD hole
- H. 図中秒の時点のサルコメリックオシレーションの瞬時振幅・位相の変化
結論: サルコメア振動の新たな理解
サルコメリックオシレーションとサルコシンクドオシレーションは密接に関連していながらも異なる特性を示す。その関係性の中、サルコシンクドオシレーションにて発見・観察されたSD holeとSC holeは、収縮したサルコメアの速やかな弛緩挙動などの効率的で柔軟な筋肉特性の理解を深めるうえで重要な着目対象であると期待される。
本研究は日本学術振興会科学研究費などの助成を受けて実施した。研究成果は11月28日、生化学と生物物理学に関する国際学術誌Biochemical and Biophysical Research Communications(電子版)に早期公開版が掲載された。
論文の情報
雑誌名:Biochemical and Biophysical Research Communications
論文タイトル:Hole behavior captured by analysis of instantaneous amplitude and phase of sarcosynced oscillations reveals wave characteristics of sarcomeric oscillations
著者:Seine A Shintani
DOI:10.1016/j.bbrc.2023.149339
用語解説
(※1) 骨格筋
骨格筋は、私たちの身体を動かす主要な筋肉の一種で、意識的に制御可能です。骨に付着
し、収縮することで動作する。骨格筋は筋原線維(後述のサルコメアが連なった構造体)が
集まって形成され、これらの線維は細胞内のカルシウム濃度の変化に応じて収縮・弛緩を繰
り返す。骨格筋の動きが、歩行や持ち上げなど日常生活の多くの動作を実現させている。
(※2) サルコメア(筋節)
筋肉の中で収縮機能を起こす最小単位。カルシウムイオン(Ca2+)の存在下で、筋原線維
を構成する主要たんぱく質の一つであるミオシンがアデノシン三リン酸(ATP)をエネルギ
ー源としてアクチンをたぐり寄せるように引き込み、筋肉を収縮させる。カルシウムイオン
濃度が低下すると、アクチンはミオシンに結合できなくなり、筋が弛緩する。
本学の問い合わせ先
研究内容について
新谷正嶺(中部大学 生命健康科学部 生命医科学科 講師)
Eメール:shintani[at]isc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-9180(研究室直通)
報道に関すること
中部大学 学園広報部 広報課
Eメール:cuinfo[at]office.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-7638(直通)