2022年4月26日

  • 学術・研究

温められた心筋は安定性と不安定性を併せ持った収縮リズムを刻むことを発見(新谷正嶺講師)

1.発表のポイント

  • 温めた心筋細胞内のサルコメア*1は概位相同期カオス振動子となっていることを発見
  • 温めた心筋細胞内のサルコメアは、カオス的性質を備え、振動周期を一定に保ちながらカルシウム濃度変化に応答して鋭敏に振動波形を変化させることが明らかになった
  • サルコメアの力学特性は、心臓の拍動毎の速やかな心室拡張に重要な可能性が高い

2.発表概要

実は、生物の筋肉の動きと体温との関係については、まだ未解明なことが多い。
中部大学 生命健康科学部 生命医科学科の新谷正嶺(しんたに・せいね)講師は、温めた心筋細胞内のサルコメア(図1)は、安定性と不安定性を兼ね備えた、概位相同期カオス振動子*2となることを発見した。新谷講師は以前、心筋細胞を深部体温程度に温めると細胞内のサルコメアが収縮と弛緩を繰り返す振動状態になることを発見し、熱筋節振動(HSOs: Hyperthermal Sarcomeric Oscillations)*3と命名した。今回、新谷講師はこのHSOsにカオス的性質があることを新たに見出した。HSOsは一定の振動周期を保ちつつ、細胞内のカルシウム濃度変化の影響を受けて振動振幅や隣接サルコメア間の位相同期状態をカオス的に変化させていた(図2)。

温められた心筋サルコメアは安定性と不安定性を併せ持った収縮リズムを刻む。
隣接するサルコメア間の位相関係は位相空間を稠密に満たすように推移し、同じサルコメアの似た振動振幅の波形を重ねても差が指数関数的に大きくなっていく初期値鋭敏性も確認された。この性質はカオス的な不安定性と言える。
一方でHSOs時のサルコメアは、HSOsの周期よりもゆっくりとした細胞内カルシウム濃度変化に応答したサルコメア長変化を行う。さらに、そのようなカルシウム濃度変化に依存したサルコメア振動波形の変化を行うにも関わらず、HSOsの振動周期を一定に保つ性質(収縮リズム恒常性)を備えている。この性質は明らかな安定性である。

カオス的な不安定性がミオシン分子1個にかかる力を一定にして安定性を生み出す。
サルコメアのカオス的な不安定性と恒常性的な安定性は、次のようなメカニズムで結び付くと考えられる。隣接するサルコメア間の同期状態がカオス的に変化することで、サルコメア集団が生み出す力が個々のサルコメアのHSOs周期ではなく、ゆっくりとした細胞内カルシウム濃度変化に比例するようになる。その結果、細胞内カルシウム濃度が変化してサルコメア内部で力を生み出す筋原線維を構成する主要たんぱく質の一つであるミオシン分子の総数が変化しても、ミオシン分子1個にかかる力が一定に保たれる。そのため、収縮リズム恒常性が生み出される。

このサルコメア力学特性は、心臓の拍動毎の速やかな心室拡張に重要な可能性が高い。
心拍毎に激しくカルシウム濃度が変動する心臓において、収縮期に全身に血液を送り出した心臓がその後の拡張期初期に速やかに心室拡張を行えるのは、この安定性と不安定性を兼ね備えた心筋細胞内サルコメアの力学特性によるものと考えられる。
今回明らかにしたこのサルコメア力学特性は、正常な心拍の頑強性を明確化し、現在は正常と考えられている心拍の、病気になりうる方向の変化を鋭敏に察知して対処する、先制医療(病気前診断+予防医療)の実現のためにも重要な発見であると期待される。
本研究は日本学術振興会科学研究費などの助成を受けて実施した。研究成果は4月22日、生化学と生物物理学に関する国際学術誌Biochemical and Biophysical Research Communications(電子版)に掲載された。

図1
図1 筋肉の構造イメージ
図2

図2 安定性と不安定性を兼ね備えた、温めた心筋細胞内のサルコメアの力学特性
A. 心筋細胞内の、隣接する連続5節のサルコメアの長さ変化。赤矢印のタイミングで心筋細胞を温めると、HSOsが顕在化する。
B. 加熱中のHSOsの位相の時空間変化。各サルコメアに対応する黒横線上で、位相は周期的に変化している。しかし、隣接サルコメア同士の位相関係は柔軟に変化している。白枠で囲った領域のように逆位相同期状態になったり、白枠で囲っていない領域のように、同期状態になったりを不規則に繰り返す。
C. 隣接するサルコメアのリサージュ型プロット。位相が不規則に変化していることが確認できる。
D. 1~5番目のサルコメアの隣接する瞬時位相同士の関係の散布図。プロットが位相空間全体を稠密に満たしていることが確認できる。

3.論文の情報

雑誌名:Biochemical and Biophysical Research Communications 611, 8-13 (2022)
論文タイトル:Hyperthermal sarcomeric oscillations generated in warmed cardiomyocytes control amplitudes with chaotic properties while keeping cycles constant
著者:SA. Shintani
DOI:10.1016/j.bbrc.2022.04.055
URL:https://doi.org/10.1016/j.bbrc.2022.04.055

4. 用語解説

*1 サルコメア

筋肉の中で収縮機能を起こす最小単位。カルシウムイオン(Ca2+)の存在下で、筋原線維を構成する主要たんぱく質の一つであるミオシンがアデノシン三リン酸(ATP)をエネルギー源としてアクチンをたぐり寄せるように引き込み、筋肉を収縮させる。カルシウムイオン濃度が低下すると、アクチンはミオシンに結合できなくなり、筋が弛緩する。

*2 カオス振動子

初期状態に敏感で不規則に変動する振動子をカオス振動子という。カオス振動子の振動振幅や振動周期は不規則に変化する。周期的なエネルギーの供給がなくても自らの仕組みによって持続する自律振動子に、周期的な外力が加わった場合などにカオス振動子が生み出される。

*3 熱筋節振動 (HSOs: Hyperthermal Sarcomeric Oscillations)

伸縮する細胞の最小単位を「筋節(サルコメア)」と呼ぶ。筋節は2種類のたんぱく質であるミオシンとアクチンそれぞれが集合した線維(フィラメント)が交互に積み重なった構造をしており、アコーデオンのように動く。この動きをサルコメア振動と呼ぶ。外力やカルシウム濃度変化などの振動が無いにも関わらず、サルコメアが自ら収縮と弛緩を繰り返す振動状態になるとき、この振動を自励的収縮振動と呼ぶ。心筋細胞を温めることで、温めている間だけ可逆的に、心筋細胞内のサルコメアが自励的収縮振動となる。この温めることで生じるサルコメアの自励的収縮振動を熱筋節振動と呼ぶ。
生きた心筋細胞は、自ら細胞内カルシウム濃度を周期的に変化させる。熱筋節振動は、このカルシウム濃度変動があっても無くても発生する。細胞自らが生み出すカルシウム濃度変化がある場合、サルコメアは、カルシウム濃度変化に応答して振動波形を変化させつつ、熱筋節振動も持続させ、その周期を一定に保つ。この性質を収縮リズム恒常性と呼

本学の問い合わせ先

研究内容について
新谷正嶺(中部大学 生命健康科学部 生命医科学科 講師)
Eメール:shintani[at]isc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-9180(研究室直通)

報道に関すること
中部大学 学園広報部 広報課
Eメール:cuinfo[at]office.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-7638(直通)

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