2022年7月4日

  • 学術・研究

生きた臓器細胞や生物の微細構造と「動き」を電子顕微鏡でそのまま観察する技術を開発(新谷正嶺講師ら)

1.発表のポイント

●濡れた臓器の構造と「動き」をそのまま走査型電子顕微鏡で観察する方法を開発

●マウス摘出心臓の細胞内小器官の形状や動きの走査型電子顕微鏡観察・計測に成功

●光学顕微鏡で観察出来ない様々なナノスケールダイナミクスの観察・計測実現に期待

2.発表概要

濡れた臓器をそのまま試料として、走査型電子顕微鏡でその構造と「 動き」を計測!
中部大学 生命健康科学部 生命医科学科の新谷正嶺(しんたに せいね)講師山口誠二(やまぐち せいじ)准教授高玉博朗(たかだま ひろあき)准教授は、濡れた臓器などの液中試料の構造と「動き」をそのまま走査型電子顕微鏡で観察する技術を開発した。
電子顕微鏡は分解能が最大0.5 nm程度と高いため、小さいスケールの観察に適している。しかし、真空下にて観察を行うため、観察する試料は水分が蒸発しないように固定処理をする必要があった。そのため、これまでの電子顕微鏡観察では基本的に固定試料の静止像計測しか出来ないという難点があった。
本研究では、生きた細胞の微細構造と動きをそのまま観察できる新しい電子顕微鏡技術を開発した。真空と大気圧の圧力差にも十分に耐えて破れず、電子線透過性と変形性に優れた薄膜(DET膜:Deformable and Electron Transmissive Film)を作製した。このDET膜で濡れた臓器などの観察試料を覆い、サンプルホルダとで密閉空間を作ることで、溶液に浸かった観察試料の微細な構造と「動き」の電子顕微鏡観察に成功した(図)。さらに、画像解析を組み合わせることで「動き」の計測も可能になる。※以下、この計測手法をDET膜法と呼ぶ。

既存の方法に比べた本開発手法(DET膜法)の優位性
液中試料の電子顕微鏡観察を可能にする方法として、窒化シリコン等の平面膜を利用した観察方法は既に存在していたが、膜に極めて近い観測可能領域に収まる薄い観察試料であること、膜を傷つけないように試料と膜の位置関係を設定できること、平面膜を傷つけうる動きをしない試料であることなど、観察に強い手間と制約があった。
また、試料の動きを計測可能な方法として、電子線が当たると保護膜になる、グリセリンや糖などの不揮発性成分を含む溶液で試料を覆って、その保護膜越しに試料を観察する方法(ナノスーツ法)もあるが、この方法は保護膜の外は真空で、保護膜も観察時には水を含まない固体膜になるため、液中試料の構造と動きの観察は行えず、試料が、真空中でも行える動きのみが観察されうる方法であった。
それに対して、今回開発したDET膜法は、DET膜の電子線透過性と変形性を利用することで、観察試料の形状にDET膜が倣い、マクロな試料の形状も、微細な試料の形状も、DET膜越しに観察可能にした。観察試料に直接当たる電子線の量をDET膜が抑制して保護することも、観察試料の動きを計測するために有益な性質である。また、DET膜を大きく変形させることが出来るため、同じ倍率の光学顕微鏡の数十倍深い焦点深度で立体的な試料の観察が出来る、走査型電子顕微鏡の性質を活かした構造と「動き」の計測が出来る(図e)。

DET膜法による、固定試料の電子顕微鏡観察や、光学顕微鏡観察では計測出来ない様々なナノスケールダイナミクスの計測実現に期待!
本研究において、DET膜法で、マウス摘出心臓をそのまま観察試料として用いて、その微細な構造と「動き・変形」を計測することに成功した(図e-f)。またさらに、析出した結晶や、液中に浮いて動く結晶のナノスケールの構造と動きの計測にも成功した(図h)。
光学顕微鏡は計測の空間分解能が約200nmで、その高分解能計測を行う際の焦点深度は約300nmと、平面の観察しか行えない。それに対して、本DET膜法は、観察試料の立体的な構造とその動きを、ナノスケール分解能で計測出来るという大きな利点を持っている。また、DET膜法を固定試料の電子顕微鏡観察と比べると、DET膜を介する分、空間分解能は低下するという難点があるが、ダイナミクスの計測が出来るという大きな利点がある。DET膜法で計測する動きは、観察試料が自ら生み出す動きだけでなく、こちらが与えた引っ張るなどの動作に対する変形でも構わない。動物の剥製を眺めるだけでは、動物への理解を深めるのに限界があるように、このDET膜法によるダイナミクス計測が、様々なナノスケールダイナミクスの計測を可能にすると期待している。

図 今回開発した電子顕微鏡ライブイメージング法(DET膜法)の模式図と実際の観察・計測事例
a-c. DET膜法の模式図。膜の変形性を利用することで立体的な観察試料の構造と動きの観察・計測が可能になる(b, c)。d. ビーズをDET膜越しに観察した結果。e. 濡れたマウス摘出心臓をセットしてDET膜法の観察を可能にしたサンプルホルダ。f. DET膜法で観察したマウス摘出心臓の断面像。g. DET膜法の観察結果を画像解析して計測したマウス摘出心臓の動きの軌跡。h. DET膜法で観察した水溶液中の結晶析出過程と、浮遊する結晶。
f、hについて、観察中に動いている様子は次のサイトを参照。

観察中に動いている様子

本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP20004)、総務省戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)の独創的な人向け特別枠「異能vation」プログラム、日本学術振興会科学研究費などの助成を受けて実施した。
本研究成果は6月17日に顕微鏡科学分野の国際学術誌Microscopyにて早期公開され、書式を整えたWeb校正版は7月2日に掲載された。今後、雑誌版の掲載号が決まった後、Highlights論文として掲載される予定である。
Highlights 論文:日本顕微鏡学会学術講演会にて発表を行い、座長から完成度の高い研究として認められた内容に関する論文。

3.論文の情報

雑誌名:Microscopy, dfac030 (2022)
論文タイトル:Real-Time Scanning Electron Microscopy of Unfixed Tissue in Solution using a Deformable and Electron-Transmissive Film
著者:Seine A Shintani⁎, Seiji Yamaguchi, Hiroaki Takadama ⁎: 責任著者
DOI:10.1093/jmicro/dfac030

本学の問い合わせ先

研究内容について
新谷正嶺(中部大学 生命健康科学部 生命医科学科 講師)
Eメール:shintani[at]isc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-9180(研究室直通)

報道に関すること
中部大学 学園広報部 広報課
Eメール:cuinfo[at]office.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-7638(直通)

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