1.発表内容
腸内細菌叢(腸内マイクロバイオーム)(注1)は、互いに代謝物を作り、利用し合うことで複雑な生態系を形成しています。しかし従来の便中代謝物解析では、細菌の外に存在する物質と、細菌の中に保持されている物質をまとめて測定するため、「誰が作り、誰が使っているのか」を推定することは困難でした。
今回、生命健康科学部作業療法学科の平山正昭教授(論文筆頭著者・共同責任著者)、名古屋大学大学院医学系研究科の伊藤美佳子講師、上山純教授(共同責任著者)らの研究グループは岩手医科大学医学部の前田哲也教授らの協力を得て、健常者63名の便を破砕前後で測定し、水溶性ビタミンを「細胞外(注2)に存在しやすいもの」と「細胞内(注2)に保持されやすいもの」に分類しました。さらにショットガンメタゲノム解析(注3)と統合することで、腸内細菌のアリスティペス(Alistipes)とビオチン(ビタミンB7)、腸内細菌のブラウティア(Blautia)とチアミン(ビタミンB1)など、腸内細菌とビタミン利用の特徴的な関係を明らかにしました。今回の成果は、8月24日(英国夏時間)付で腸内細菌の専門誌Gut Microbes に掲載されました。

腸内細菌たちはお互いに、必要な代謝産物を共有しながら腸内環境を保ちます
研究の背景
私たちの腸内には多数の細菌が存在し、食物繊維などを発酵して短鎖脂肪酸やビタミンなどさまざまな物質を作っています。同時に、それらの物質は別の細菌によって利用されます。このように微生物同士が代謝物を受け渡す仕組みは「クロスフィーディング」と呼ばれ、腸内細菌叢を一つの生態系として理解するうえで重要です。
従来の便中メタボローム解析(注5)では、測定される代謝物の「総量」を評価することが一般的でした。しかし、この方法では、その物質が細菌から放出されて周囲で利用可能な状態なのか、それとも細菌の細胞内に保持されているのかを区別できません。そのため、あるビタミンが多く検出されても、それが「多く作られている」ためなのか、「あまり使われていない」ためなのかを判断することが困難でした。
さらに、メタゲノム解析でビタミン合成遺伝子を持つ細菌が見つかっても、実際に腸内でそのビタミンが作られ、放出され、利用されているとは限りません。この「遺伝子としての能力」と「実際の代謝状態」のずれが、腸内細菌の機能を理解する大きな壁となっていました。
研究手法と画期的な発見
本研究では、健常者63名から得た便試料について、同一試料を「破砕しない状態」と「強く機械的に破砕した状態」の二つに分けて解析しました。

破砕前の試料では、主として細菌の外に存在する水溶性ビタミンを測定します。一方、ビーズを用いて細菌を物理的に破砕すると、細菌内部に保持されていた成分も放出されるため、細胞外と細胞内を合わせた総量に近い値を測定できます。この二つを比較することで、ビタミンが「細菌外に存在しやすいか」「細菌内に保持されやすいか」という新しい視点から評価しました。
その結果、水溶性ビタミンには大きく異なる二つのタイプが存在することが分かりました。アデノシルコバラミン(ビタミンB12の補酵素型)は破砕前には検出されず、細菌を破砕した後に初めて検出されました。チアミン(B1)やナイアシン関連物質(B3)なども破砕後に大きく増加し、これらを「細胞内保持型(Type1)」と分類しました。これらのビタミンは細菌の代謝に必要な補酵素として細胞内で利用され、細胞外には蓄積しにくい可能性があります。
一方、ビオチン(B7)、パントテン酸(B5)などでは、破砕前でも比較的多く検出されました。これらを「細胞外利用可能型(Type2)」と分類しました。細菌から放出され、他の細菌によって利用される、いわば腸内細菌間の「共有資源」となりやすい可能性があります。
さらに、細菌の種類や機能遺伝子を調べるショットガンメタゲノム解析と組み合わせたところ、Type2のビオチンはアリスティペス(Alistipes)属と強い正の相関を示しました。一方、Type1のチアミンはブラウティア(Blautia)属と負の相関を示しました。この結果から、アリスティペスはビオチンが豊富な腸内環境と密接に関連する一方、ブラウティアは発酵代謝に伴ってチアミンを積極的に利用する可能性が考えられました。
重要な知見として、ポリアミンであるプトレシン(putrescine)はビフィドバクテリウム(Bifidobacterium:ビフィズス菌)との間に正の相関を示しました。この関係は、ビフィドバクテリウムによる乳酸産生により腸内環境がより酸性側に傾くことと関連している可能性があります。すなわち、ビフィドバクテリウムの増加は乳酸産生を通じて便中pH(水素イオン濃度指数)を低下させ、その酸性環境がプトレシンの蓄積や安定性、あるいは産生菌の活性に影響を与えている可能性が考えられます。この結果は、腸内細菌間の代謝ネットワークがビタミンだけでなく、アミン代謝や環境pH 制御とも密接に結びついていることを示唆しています。
また代謝物と細菌の属レベルでの相関が種レベルよりも良いことから、細菌の種類と存在比率を推定する「16s アンプリコン解析(注6)」での代謝物推定の可能性を示唆しました。遺伝子情報だけでは分からなかった「作る・取り込む・保持する・共有する」という腸内細菌の代謝活動を、実際に存在する代謝物の場所と組み合わせて推定できる可能性を示したことが、本研究の大きな特徴です。
今後の展望・社会的意義
腸内細菌研究ではこれまで、「どの細菌がいるか」「どの遺伝子を持っているか」という解析が中心でした。本研究の方法を加えることで、今後は「実際にどの代謝物が細菌外に供給され、どの代謝物が細菌内で利用されているか」という腸内細菌の機能を、より直接的に評価できる可能性があります。
将来的には、健康な人だけでなく、神経疾患、代謝疾患、炎症性疾患などで腸内細菌のビタミン共有ネットワークがどのように変化するかを調べることで、疾患に関連する腸内環境の理解や、食事・プレバイオティクス(注7)などによる新しい腸内環境制御法につながることが期待されます。
ただし本研究は健常者を対象とした横断研究であり、特定の細菌が実際にビタミンを産生・消費するという因果関係を証明したものではありません。今後、培養実験や安定同位体を用いた代謝追跡による検証が必要です。
2. 論文の情報
雑誌名:Gut Microbes
論文タイトル::Separating extracellular from intracellular fecal metabolites exposes cross-feeding architecture in the gut:Exploring metabolite partitioning and ecological associations
著者:Masaaki Hirayama, Fuka Takame, Tetsuya Maeda, Kenichi Kashihara, Mikako Ito, Kinji Ohno, Jun Ueyama
DOI:10.1080/19490976.2026.2719062
URL:https://doi.org/10.1080/19490976.2026.2719062
3. 用語解説
注1:腸内細菌叢(腸内マイクロバイオーム)
腸内に存在する多数の細菌などの微生物と、その遺伝子や機能の集まりです。
注2:細胞外/細胞内
細菌の外に存在して周囲から利用可能な代謝物と、細菌の内部に保持されている代謝物を意味します。
注3:ショットガンメタゲノム解析
便などに含まれる微生物のDNA を幅広く解析し、どの細菌が存在するかだけでなく、どのような代謝機能を持つ可能性があるかを調べる方法です。
注4:クロスフィーディング(cross-feeding)
ある細菌が作った物質を別の細菌が利用する、微生物同士の「代謝物の受け渡し」のことです。
注5:メタボローム解析
生体内で生命活動の維持に不可欠な一次代謝物(糖、アミノ酸、有機酸など)、健康な機能を保つ二次代謝物(ポリフェノール、アルカロイドなど)を質量分析計(MS)で分析する方法。重要な変動分子や代謝経路を捉えられます。
注6:16s アンプリコン解析
採取した細菌からDNA を抽出し、細菌と古細菌などの原核生物が持つ「16S リボゾームRNA 遺伝子(16S rDNA)」という遺伝子断片を増幅して解読し、サンプルに含まれる細菌の種類と存在比率を推定する手法です。
注7:プレバイオティクス
消化管上部で分解も吸収もされず、大腸に共生する有益な細菌の選択的な栄養源となってそれらの増殖を促進し、大腸の腸内細菌叢の構成を健康的なバランスに改善し維持し、人の健康の増進維持に役立つ食品成分です。よく似た言葉のプロバイオティクスは、摂取によって有益な効果を期待できる生きた微生物です。
4. お問い合わせ先
【研究内容について】
平山正昭 中部大学 生命健康科学部 作業療法学科 教授
電子メール hirasan[at]fsc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話 0568-51-9824
【報道担当】
中部大学 入試・広報センター
電子メール chubu-info[at]fsc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話 0568-51-5541