長谷川 浩一

線虫をつかい生物学を切り拓く

お知らせ

    環境生物科学科
    長谷川 浩一

    こんな身近にたくさん居るのに、こんな魅力溢れる生物なのに、こんなにも重要な発見が、こんなにもたくさん発表されているのに、高校生物の教科書のどこを探しても「線虫」の文字さえ見あたりません。「ハエ」や「ウニ」、「イモリ」は、教科書や図説、資料集などのページに堂々と、カラーで登場しているのに・・・。みなさん、線虫を見たことがありますか。聞いたことがありますか。

    線虫(せんちゅう)はどんな生物なのでしょう

    まず、線虫はどのような生物なのかを説明したいと思います。とても小さなヘビのような、ミミズのようなかたちをしていて、実験室に来てはじめて線虫を見た人の第一声は、「かわいい!」「きもち悪い!」「かっこ良い!」とさまざまです。線虫のほとんどは、実体顕微鏡(10~50倍)を用いることでようやくその姿を確認することができるほどの小さな動物ですので、ふだん目にすることもなければ、線虫について考える機会もほとんどないでしょう。しかし、実のところ、地球上のあらゆる場所に非常に多様な生態で生活し、しかも膨大なバイオマスを占めています。我が家の庭や中部大学キャンパス内の土壌中はもちろんのこと、田畑の土壌中や海洋中から線虫を検出することができますし、さらには砂漠の土壌や北極海に浮かぶ氷床下面からも検出されたという報告があります。また、さまざまな動植物種に対して、その種専門に寄生する線虫種がいるといわれているので、なんと種類の多いことでしょう。農林作物に寄生して枯死させたり品質を低下させたりする植物寄生性線虫もいますし、またヒトや家畜に寄生して病気を引き起こす動物寄生性線虫もいますので、社会・経済的に重要で我々の生活に大きくかかわる生物でもあるのです。

    実験動物として利用される線虫

    このように非常に多くの線虫種が存在するのですが、世界中の研究者によって実験動物として利用されている特別な線虫種がいます。エレガンス(Caenorhabditis elegans)と呼ばれている線虫です。エレガンスの体は、卵から成虫までずっと透明であるため、顕微鏡下で細胞ひとつひとつを観察することができます(エレガントなのです)。受精卵から孵化するまでの細胞分裂を、連続して観察することができるのです。神経があり、筋肉があり、消化管があり、生殖器があり、動物の基本的な組織・器官を備えています。好物の餌を見つければわれ先にと走ってゆき、異性がいると猛アプローチをかけ、嫌なものがあれば一目散に逃げてゆくなど、さまざまな環境に応じた動物の行動を観察することができます。若いときは元気に動きまわり、もりもり餌を食べ、活発な生殖活動をおこない、病原体や毒物に対する抵抗力も持っていますが、歳をとるにしたがって元気がなくなってゆき、抵抗力もなくなり弱ってゆきます。どうでしょう、自分たちとおんなじだ!と思いませんか。

    そしてエレガンスが強力な実験動物である最大の理由は、「遺伝学的解析が容易にできる」という点にあります。細胞分裂を容易に観察できますし、行動も容易に観察できます。寿命が短いので(平均2、3週間)老化現象を容易に観察できます。また、観察がしやすいことから、今まで知られていなかった新しい生命現象を発見することもできます。そして観察したり発見したりした生命現象を、遺伝子の言葉で説明することができるのです。エレガンスを用いた研究成果の多くは、私たちヒトを含む生物全般に共通していることが多いため、世界中のさまざまな分野の研究者達がエレガンスを使って、最先端の研究をすすめているのです。

    21世紀に入ってから6人もの線虫研究者がノーベル賞を受賞しております。線虫によって生物学が切り拓かれている、といえるでしょう。しかし、まだまだ生命の奥深さ、広大さに底がなく果てがありませんし、実のところ受精卵が2細胞となる最初の分裂の仕組みさえ、まだよくわかっていないのです。線虫とともに、生命現象の謎を解明するための冒険をはじめてみませんか。どこまで深く潜ってゆけるのか、どれだけ遠くへゆけるのか、わくわくしてきます。

    今まで線虫を見たことがなかったひと、聞いたことがなかったひと、まずは線虫を見に研究室へ来てみましょう。