ワクワク好奇心研究室 Vol.24

お知らせ

    堤内要先生 応用生物学部 応用生物化学科

    先生のお姿はいつも白衣姿と記憶しているので、先生のことを知るに連れ驚いているのですが、名古屋大学時代はヨット部に所属をしていて、それがきっかけでドキュメンタリー番組に出ることになったそうですね。

    ― ジョン万次郎さんが漂流先の無人島でアメリカの船に助けられて、幕末の開国あたりで活躍されるのですが、ジョン万次郎さん以外にも色々な船乗りが同じ様に漂流されて、たまたま黒潮の流れのところに鳥島があり、アホウドリの営巣地ですが、そちらに流れ着くとのことで、それを体験する番組でした。その時、すでに中部大学に勤めていたのですが、このような経験は人生の中で二度とないと思って参加を決めました。

    あの時、日本は明るい!と実感しました。陸地がとても明るかったのです。しかし、沖の方に出ていくと、日本の明かりが届かなくなり、本当に真っ暗で夜空がびっくりするほど綺麗でした!!その時にイルカの大群がやってきて、たまたまその海面に夜光虫がいたので、イルカの形でピカピカ光っているんです!

    NHK BSプレミアム
    『池内博之の漂流アドベンチャー「黒潮に乗って奇跡の島へ」』 
    ロケにて 撮影の様子
    NHK BSプレミアム
    『池内博之の漂流アドベンチャー「黒潮に乗って奇跡の島へ」』
    後ろは目的地である「鳥島」です。

    イルカをライトアップしている感じでしょうか?

    ― ライトアップではなくて、イルカが光っているんです!だからものすごく綺麗でした。しかも、伊勢湾や三河湾でもよく夜光虫は見えるのですが、それは実は汚い海で見えるのです。そういったときに見える夜光虫とは違う、一つ一つが大きく、光が強く、星のようなものがイルカの表面に散りばめられている感じで本当に綺麗でした。

    太平洋航海時に遭遇したイルカ。
    夜光虫でイルカの輪郭が光って、素晴らしく幻想的でした。

    黒潮ってどんな感じなのでしょうか?黒潮に乗って漂流していくのですよね?

    ― 黒潮は海の中の川みたいなものですね。海の色も少し変わって見えるときがあって、それで黒潮と呼ばれるそうです。そういうと是非見てみたくなる観光スポットのような印象を持ちますが、船乗りにとっては危険な海域になるんですね。何故かというと、海の流れと風の向きが合っていないときがあり、そんな時はちょっと変わった波ができるのです。我々がコーヒーを飲む時息を吹きかけると水面が波立ちますよね。普通は海の波も同様に発生します。しかし、黒潮で強風に遭遇すると思いもかけない方向から大きな波を受けることがあり非常に危険なのです。外洋ヨットレースを行う人の中には、波に当たられて落水してそのまま亡くなられるという方が結構いらっしゃったようです。ゆえにその番組のロケは、私にとって本当に『冒険』という感じでした。

    黒潮の中に設置された浮標です。
    穏やかな海なのですが、流れが早いので浮標のところで波しぶきが上がっています。

    ヨットからの学びは何でしょうか?

    ― 『チームワークの大切さ』と『自然の厳しさ』を体感できるところですかね。ヨットレースはチームで行います。ヨットは舵取りが一番偉く、その人の腕次第で順位が大きく変わるのですが、一人では大きなヨットは操船できません。そこで我々クルーがサポートするわけですが、チームワークが決まらないと、どんどん遅くなり負けてしまいます。チームで息を合わせることが大事なので、コミュニケーションがとても大切なスポーツなのです。

    少し具体例をもとに説明します。風上に向かう場合、舵取りはヨットの向きを風に対して最適に保つためセールの一部しか見ていません。レースでは周りのヨットとの関係も大事ですから、今このような状況だということを周りの人間が切れ目なく伝え、刻々と変わる風向きや他艇との関係をもとに戦略を立てて、船の方向転換や、セールの上げ下げを行います。タイミングがずれると風の力を逃してしまうので、舵取りの声かけで皆で瞬時に操作するのですが、これが実に難しい作業で失敗が多く、ヨットレースは言わば『失敗合戦』のようなものなのです。逆に、みんなで協力してうまく操ることができれば、レースをトップフィニッシュすることができ、それはそれは爽快な気持ちになることができます。ゆえに、チームワークの大切さを身をもって学ぶことができるんですね。

    一方、自然が相手のスポーツですから、レース中にとんでもない嵐になったり、逆に無風になったり、と思えば全く逆方向から風が吹き出したりして、自分の力ではあがなえない自然というものに翻弄されます。特に、強風の時の風の力は凄まじく、人間はなんと無力なのか、、、と思い知らされますね。ヨットをしているとそんな経験を何度もしますから、自然の厳しさを理解し、リスク回避をしてうまくやり過ごすことができる、そんなタフな人材を育成するにはもってこいのスポーツだなと感じています。

    当時乗っていたヨットです。
    2016年に蒲郡沖で開催されたエリカカップの様子。
    一番前に見えるのがのが我々のチームです。

    海の男から発するチームを率いるドキッとする言葉のような気がします。

    ― 今どきの学生さんは結構のんびりしていて、「あ、ちょっと忘れていました」ということがよくあります。海の上では、そのときにやらないと上手く行かないので、「全てがオンタイムでできるときにできるだけやる」ことを鍛えられました。現在、過保護になってしまいのんびりしていますが、今こそヨットのようなスポーツが大切ではないかと思います。

    大きなプロジェクトが始まったということですね。(2020年4月)

    ― OiDE(おいで)プロジェクトと言って、製薬会社と名古屋市立大学医学部の先生と一緒にがんの温熱療法を開発しています。酸化鉄と言って、簡単に言いますと鉄さびですが、鉄さびのナノ粒子の表面に自分で作った高分子の材料を付けて、鉄さびががん細胞に突撃していくようなものを作っています。

    目標とするがん温熱治療のイメージ

    突撃していくとどうなるんですか?

    ― がん細胞のところに鉄さびが集まります。何故鉄さびを使うのかですが、我々の血が赤いのも鉄の影響ですね。赤血球が酸素を運ぶのに使いますが、鉄は体の中にそもそもあるものなので、体に対して害がとても少ないのです。生体にフレンドリーな物質であることと、もう一つ利点があります。

    IHクッキングヒーターはお鍋が温まりますね。IH用の鍋の中の金属は磁石がくっつくタイプです。一方、ヒーターの装置内には電磁石があり、電流を流すと磁石になります。普通の家庭用の電流は交流で、向きがいつも切り替わっています。ゆえに、IHクッキングヒーターではN極とS極がいつも切り替わっているのです。ゆえに鍋の中で磁石として振る舞う金属が、IHクッキングヒーターが作り出す磁場に併せて動こうとする。その作用が熱に変わります。鉄さびは磁石の性質が少しあり磁石にくっつきます。ゆえに、IHクッキングヒーターで発熱するんですね。がん細胞は熱に弱いので、43度以上になると死に始めます。これはお風呂の温度なので驚く方が多いと思いますが、本当です。

    抗がん剤は副作用がありますが、我々の方法は鉄をがん細胞に集め、熱という物理的な因子でがんをやっつける仕組みです。副作用があまりないとのことで、実用化が期待されています。

    どれぐらいまで進んでいるのですか?

    ― まだまだですがいいところまでは来ていると思っています。今は体の中の免疫系と闘っています。鉄さびは異物なので、この材料を打ったときに体の中の免疫系に捕らえられてしまうのです。できるだけ免疫系から逃れて体内を長い間循環し、がんの目印にくっつく抗体の力で効率よくがんに集める検討をしています。

    世界の研究者も同じことをしているかもしれませんね。

    ― はい。ライバルの多い研究なんてやっても意味がないという人がいますが、僕はあえてそこに突っ込んでいってる感じです。色々な人がやっていて、未だに上手くいってないようですので難しいテーマだとはわかっています。しかし人のためになる研究なので、その研究は新規性ないよとよく言われますがチャレンジしています。

    最後に若者たちへのエールをお願いします。

    ― 今思うと、若いときは一瞬でしたね。キラキラしていて、その時だけのかけがえのないものだったなと思います。ゆえに、思いついたら何でもチャレンジするくらいの勢いで過ごして欲しいですね。悔いのないように遊び尽くして欲しいと思います。

    研究室で学部生院生との一コマ

    インタビュアー感想:
    いつも穏やかそうな先生が、ヨットを操縦する海の男と伺い本当に驚きました。 一生のうちで滅多に経験することのないNHKの撮影団として一緒に行かれたことはご英断だったと思います。ヨットで鍛えられた瞬発力や判断力、大自然の中でどう突破するかを培われた力が現在の研究に大いに役立っていらっしゃるのではないかと思いました。世界の多くの研究者を相手にチャレンジする姿は、向かい風に果敢に挑んでいくヨットマンの姿と重なり、このような先生の下で学ぶ学生が羨ましいです。

    堤内 要
    応用生物学部 応用生物化学科 教授
    専門分野:食品科学、生体科学、高分子化学

    中部大学について