ワクワク好奇心研究室 Vol.27

お知らせ

    わけびき真澄先生 現代教育学部 幼児教育学科

    先生は元々三重大学教育学部の美術科に入って、教育者を目指されていたとのことで、この学部でのめり込んだものがあったようですね。

    ― 鋳造というものを作る技術に非常に興味を持ちました。金属を溶かして型に流してものを作るというもので、身の回りにある硬い冷たいピカピカ光る金属を溶かして、自分の思う形を作ることができる事実に衝撃を受けたのを鮮明に覚えています。銅合金が専門ですが、それがサラサラになって鋳型に流れていく。そして鋳型を壊すと自分の思っていた形ができあがってきますので、これは凄いと思いました。

    シュレディンガーの船(鋳造作品)

    その後先生は大学院に進まれるわけですが、進まれた場所が、アートを目指す人が憧れる東京藝術大学大学院で、そこでも色々刺激を受けることになったようですね。

    ― 面白い学生が多くいました。大学院入学時、私は23歳でしたが、同級生で一番年上は30歳でした。この方は別の大学を出て、その後4浪して入学されたそうです。すでに色々な経験値が違いました。他にも、鋳造の専攻に入ったのに、卒業制作が蝋の塊だった学生もいましたし、それを認める気質が教授陣にありました。そういう柔軟な考えを持った人たちに非常に魅力を感じました。

    作品にどのような題目がついていたのでしょうか?

    ― 題目までは覚えていませんが、大木をどこかから持ってきて、それを型取りして蝋に置き換えた作品でした。本来蝋は鋳造前の原型に使う材料なんです。つまり鋳造専攻の学生が、鋳造せずに原型をそのまま東京都立美術館で行われた卒業・終了作品展に出品し、いいじゃないかと認めた教授陣がいらっしゃった。要するに表現に対する考え方、あくまでも鋳造専攻であるが、その学生が表現をするのに一番理想的な形だというのであれば、それもいいだろうということでした。

    流石ですね。学生も学生なら、先生も先生だと。

    ― 今思っても素晴らしい先生方だったと思います。

    先生はもう一つのお顔を持っていらして鈴鹿市内にあるお寺のご長男とのことですね。

    ― 十四世で後を継ぐつもりではいるのですが。僧籍も持っています。私の変わった、釆睪(わけびき)という名前ですが、2つ合わせると「釈」という字の旧字体「釋」になります。これはお釈迦さま、釈尊の釈(釋)の字です。この字を左右2つに分けて、右側を下に引いたから「わけびき」になったと伝えられています。

    わけびきの名前の成り立ち

    これは日本全国見渡しても先生だけだとのことですね。

    ― おそらくそうだと思います。ただ同じ漢字で「わけみ」さんという性の方がいらっしゃいます。この方の家系もお寺です。

    話は元に戻ります。先生の鋳造への興味が教育へと変わっていくわけです。造形を教えるという形で、それまでの鋳造経験がとても活かされていくと思いますが、5歳くらいまでの子供の柔らかい脳に造形はどのように作用していくのでしょうか?

    ― 乳幼児と呼ばれる世代、子どもたちの造形活動は作ったものに価値があるのではなく、作る過程にこそ価値があります。造形は、絵を描く、ものを作るだけではなく、何かを感じとったり、感じたことを形や色で発信するという意欲が最も重要なのです。そこに子どもの「考える力」や「乗り越えようとする力」、「創意工夫する力」、「科学的探究心」など、色々なものが含まれているのですね。

    私がやってきた鋳造はアイディアを元に原型を作り、鋳型を作り、金属を流して、削る、磨く、腐食するなど様々な仕上げを施して作品ができます。さらに言えば、その多くの工程の中には、様々な材料や道具の扱いが含まれています。私は当初から幼児教育を目指したわけではないのですが、結果的に鋳造を経験してきたことが、材料や技法に縛られない自由な子どもの造形活動を援助する学生を教えることに役立っているなと感じています。

    描く、作るが形になってくることが造形ですが、形が出来てこなくても、色や形を通して感じ、そしてその感じたことを表現するために、材料や道具、技術に子ども自ら挑戦し関わっていくということが、乳幼児の造形の根本と私は考えています。

    4歳女児が節分に描いた絵
    木材を組み合わせた作品を製作する4歳女児(自宅工房にて)

    そこは乳幼児の感動ですか?

    ― 心が動く、情動ですね。そこがいちばん大切なところではないかと思います。

    先生は幼児教育学科に入ってくる学生が造形表現を通して学ぶ分野を教えているわけですが、この分野がとても広いのですね。

    ― 造形表現を学ぶ授業を担当していますが、学生たちが学ばなければならない子どもの育ち・発達は、造形表現単独で考えることはありえないのです。少なくとも子どもの表現の領域を考えただけでも音楽、造形、身体活動、言葉と4つの媒体を通して表現をしていくわけですから、この4つが常に重なり合って子どもたちが行っているという考えをもたなければなりません。更に言うと、保育では子ども一人ひとりの育ちを、表現以外に、身の回りの環境、お友達、先生、親などとの人間関係、自分の体に関する健康、そして言葉に分け、それぞれに目標や内容が設定されています。これを5領域と呼びます。この5領域全体を見通して、複雑な重なり、連携というものを意識しながら学んで行かなければなりません。

    一人ひとりの子どもの育ちに必要な5領域

    これは大変なことですね。

    ― いわば、人の生活、営みすべてに関連したものを知っていなければなりませんので、よく学生たちに言いますが、「保育というのは究極のゼネラリストだな」と思っています。

    例えば、「絵を描く」ことを教える点では何がどう難しいのかを教えていただきたいです。

    ― 繰り返しになりますが、子どもが絵を描くということの保育・教育的な意義は、出来てくる作品にはあまりありません。作品ができてくるまでの過程、そして作品ができた後の子どもの心情、ここに重要なところがあります。どうしても学生を含めて大人は、絵を描く事を教えるとか、ものを作ることを教えると言うと、どうやって作品の質を大人の概念に近づけるかに目が行きがちになります。まず、そうではない!ということを心から理解することを学生に伝えていくことは難しいですね。20年染み付いてきた考え方を変えるというところから始まります。

    木材を接着剤で組み立てる4歳女児
    育てているオクラの苗の絵を描く5歳女児

    上手な絵ではないのですね。

    ― 子どもの気持ちが素直に現れたとか、やりたいと思ったことの達成感を感じられたとかの、結果としての成果物であることが重要です。それを見取る力が学生には大事です。子どもたちが絵を描いたり作ったりすることが難しいと言うよりも、それを支援する保育者が理解する、それを伝えるのが難しいです。

    描画に夢中になる子どもたち(学生ボランティア活動より)

    今お話を聞きながら思い出したことがあるのですが、先日亡くなられたキックボクシングの沢村忠さんが、私が幼稚園児のときに活躍されていて、沢村さんを絵に描いたことを覚えています。TVでも見ていたのでしょうが、それはすっかり忘れているのに、緑色で絵に描いて名前を書いたことは覚えているのです。なぜ緑かもわかりませんが、絵を描くことは大切だなと思い出しました。

    ― おそらく、小島さんがTVを見られて心が動かれたのだと思います。動いた心を表現するというのは、人として当たり前、且つとても重要なことですので、それはとても有意義なことではないでしょうか。

    家庭環境が最近多様化してきて、保育の現場も大変だと思うのですが、先生が教育者を育てる現場で大切にしている点はどこですか?

    ― 多様化したそれぞれの子どもや保護者の方の思いに寄り添う心、「保育はこころで」と言われた先生がいらっしゃいますが、心の部分の醸成が重要です。人は教えてもらったり、育てられたりということが、その人が教えたり育てたりするときに出てくるものだと僕は思っています。学生に対して気持ちを持って接することは大事にしています。

    若者に向けての一言をお願いします。

    ― 色々なことを考えて挑戦して、失敗を恐れずにどんどん自分に肥やしを与えて欲しいと思っています。今の時代は失敗したときにバッシングがあったりしますが、それを恐れず、自分の成長を意識して色々なことに挑戦して、周りの人と共有して欲しいです。共有することによって色々な考え方が取り入れられますので、ただ教えられたことを蓄積していくのではなく、それを基に前向きに進んで欲しいと思います。

    インタビュアー感想:
    幼児期は、個人が個人として有る姿の原型を育て、社会の中でのあり方を育む大切な時期ですので、この時期の子どもを預かる保育園・幼稚園の先生を育てる責任はかなり大変ではないかと慮ります。一見、一緒に遊んでいる風に見られがちですが実はそうではなく、その時期を熟慮されている先生方の洞察が、幼児たちの教育者になろうとする学生へのアプローチに深く影響するのだと感じました。そのような先生がお寺の住職でもいらっしゃるのは強力な安心材料かもしれません。現代は多様化する家庭環境の変化がありますが、基本は変わらず寄り添う心が大切なのですね。

    わけびき 真澄
    現代教育学部 幼児教育学科 教授
    専門分野:乳幼児の造形表現、金属工芸、クラフト、鋳造技術史

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