ワクワク好奇心研究室 Vol.30 

お知らせ

    鈴木孝征先生 応用生物学部応用生物化学科 教授

    このバイオインフォマティックスとは何でしょうか?

    ― バイオは生物を指す言葉で、インフォマティックスは情報学という意味です。生物に関する情報をコンピュータを使って考えたり、調べたりするのがバイオインフォマティックスです。生物には色々な情報がありますが、メインは遺伝子、DNA、ゲノムと呼ばれる遺伝に関係する物質です。人間から生まれた子は人間になり、カエルの子はカエルになるのですが、それは人間になるための情報が親から子に伝わっているからで、カエルの子はカエルになるための情報を親からもらっているからです。そういう情報が主な解析の対象になっています。

    DNAの構造解析(塩基配列の解読)の結果

    昔は生物と情報学は別々のものでしたね。

    ― 生物学で出てくる情報がこの2~30年の間にとても増えました。それまでは生き物というと大きさを測る、数を数えるなど、電卓があればできましたが、遺伝子の情報になると桁が違ってきます。地球上のすべての生物の遺伝子は4つの文字で記録されていて、人間の場合その文字がおよそ30億個並んでいます。30億文字分といっても想像がつかないと思いますが、手では計算できないだろうということはわかりますよね。そうすると、コンピューターを使おうということになるのですが、生物の情報をどうやってコンピューターに計算させようかという新しい課題が出てきます。それを解決するために、バイオインフォマティックスという新しい学問分野が生まれてきました。

    1990年代から10年がかりのプロジェクトがあったようですね。

    ― ヒトゲノムプロジェクトで、1990年代はじめ頃から、ヒトのゲノムを全て解読しようという目標が建てられました。当時は1回に読める塩基配列が1000文字(1000塩基)ぐらいでしたので、それを300万回繰り返さないと30億全部が読めません。さらにその細切れの300万個をつないで全体を再現しないといけないので、途方もない話でした。それでも2000年くらいまでの間に世界中の科学者が300億円のお金をかけて、皆で協力してようやく一人分のDNAの配列をまるっと決められたのです。

    21世紀に入るときにはわかってきたということですね。

    ― アメリカのクリントン大統領の時にヒトゲノムが分かったという発表があったのが2000年で、それが一里塚となりました。

    2000年に発見されたヒトゲノム発見時のnatureの表紙

    ヒトゲノムを調べれば何がわかってくるのでしょうか?

    ― 軽い話題で行くと、アルコールに強い弱いがあります。人の遺伝子にはアルコールを分解する機能を持つものがあり、そのうちのたった1箇所がGになっているかAになっているかが違いを決めています。ゲノムを全部読むと、あなたはアルコールの分解酵素に関して、強い方ですね、弱い方ですねとわかるのです。

    遺伝子の働きを調べる
    パッチテスト

    アメリカの例で言いますと、アンジェリーナ・ジョリーさんが乳がんの予防のために乳房を切除したのが一時話題になりました。遺伝子を調べることで、自分の健康・病気がわかるのです。

    といいますと、病気を防ぐことができるのでしょうか?

    ― 今のところゲノムを調べてわかるのは特定の病気へのなりやすさで、それに対する予防法とか治療法がわかっていれば対処できるというところです。フェニルケトン尿症という遺伝病があって、それは遺伝子を調べればわかるので、生まれたときから食事制限などの予防をすることで、病気の症状がでるのを防ぐことができます。究極的には遺伝子治療ができるようになれば、DNAの配列(塩基配列)を直接修正して、病気にならないようにすることができるかもしれませんが、倫理的な問題もあるのでかなり難しいと思います。まだまだゲノムと病気との関係がわからないものはたくさんあるので、医学的な知見と、DNAとの関連をバイオインフォマティックスを使って見出していく必要があります。

    これは個人個人が使えるようになるものでしょうか?

    ― 20年前は、10年かけて一人分がようやく分かる時代だったのですが、10年ぐらい前に次世代型シーケンサーが登場し、速く、安くヒトゲノムがわかるようになりました。ヒトゲノムプロジェクトは10年で300億円かけてようやく一人分だったのが、今は10万円で3日ぐらいでわかります。

    次世代シーケンサー

    素晴らしいですね。ですから一般が活用できるまでになってきたということですね。

    ― そうですね。ただ実際にやりたいかどうかは別だと思います。赤ちゃんが生まれた時に遺伝子をまるごと調べて、「君のDNAの配列はこんな配列だよ!」とDVD1枚ぐらいにいれることはできるようになっています。それを調べて何かの病気にかかる確率や体の性質、アルコールが飲める飲めない、血液型などがわかるということなら10万円だったらやれないことはないし、5万円だったらやっておこうかという世の中になるかもしれませんね。でも、治療法のない重篤な病気になる確率がわかってしまう場合もあり、調べておきたいと誰もが望むとも思えないですね。あと、遺伝情報なので、家族の誰かは必ずそれを持っているので、知りたくない周りにも影響があるかもしれません。

    先生はいとも簡単にお話いただいていますが、実は先生は次世代シーケンサーと共に中部大学にいらしたのが10年前(2014年)です。ということは、誰もがこの次世代シーケンサーを使いこなすことができないということですね。

    ― 装置自体はとても簡単なのですが、出てくるデータの量が膨大で、手に負えないという人が多いです。ヒトゲノムを調べると出てくる塩基配列は30億です。コンピューターでないと見られないので、その情報を取り出したり、他の研究者に伝える通訳のような技術とかノウハウが必要になってきます。

    先生は外部の先生方と一緒に共同研究をされているとのことですね。

    ― 色々な研究者のサンプルを貰って、それを調べてデータをお返しする形で行っています。僕は植物の研究をしていますので、全国の植物の研究者の方々と共同に研究を行っています。

    どんな研究か教えてください。

    ― 2020年素晴らしい論文が2報報告されてその一つは、横浜の理化学研究所の先生方との研究です。ストライガという名前の植物で、「魔女の雑草」とも呼ばれている寄生植物というものがあります。それは他の植物に取りついて、栄養分を奪って枯らしてしまう雑草で、農業上深刻なダメージを与えています。これは植物なので、どこに美味しい植物があるかなと地上をうろつくわけには行きません。たまたま種(自分)が置かれた場所から寄生する相手を探して、そちら側に寄って行かなければなりません。植物は歩けないのでどう寄っていくかと言うと、「根を伸ばしていく」のです。その時に暗い地中の中で、あちら側に自分の寄生先があるというのをどう知るかと言うと、植物が出してくる匂いのようなものを探り当てて、根をそちら側に伸ばすわけです。出てくる匂いを嗅ぐ鼻のようなものでキャッチする仕組みを明らかにしました。

    ストライガの写真

    そのような研究一つ一つが我々の生活を豊かにしていくということですよね。

    ― 雑草の問題でも遺伝子がわかって、どうやって匂いを嗅いでいるかが分かれば、匂いを嗅がれないようにしたり、邪魔したりする方法を探せるようになります。そういう寄生植物による農業の被害を抑えられるような研究に繋がっていくとうれしいです。

    インタビュアー感想:
    全ての文明は確かに一歩ずつ前進しているのでしょうが、DNA解析の世界の進歩は、倫理的にも人類の新たなフェーズに踏み込んだのだなと先生の話を聞いて思いました。今はインタビュー当時よりもっとその先に進んでいるのでしょうね。それにしましても、自分で移動できない植物の持つチカラは素晴らしいと唸りました。「置かれた場所で咲きなさい」というシスターが書かれた本がありましたが、まさに置かれた場所で文句も言うこともできず、しかし獲物に食指を伸ばし生き続ける植物のたくましさを人間は見習いたいものだと感じます。

    鈴木 孝征
    応用生物学部 応用生物化学科 教授
    専門分野:バイオインフォマティックス、植物遺伝子学

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