ワクワク好奇心研究室 Vol.32 

お知らせ

    佐藤枝里先生 学生相談室、人間力創成教育院初年次教育プログラム 教授

    中部大学の学生相談室は東海地方では極めて充実していると伺っていますが、全国的に見てもレベルの高いものになっているということですね。

    ― 中部大学は1964年に創立されて2024年で60年となります。大学創設当初から学生相談室が開設されていて、実は学生相談室の歴史も56年になります。今でこそ、小・中学校や高校にもスクール・カウンセラーが配置される時代となりましたが、当時としては大変画期的なものだったと思います。カウンセラー1名から始まった学生相談室ですが、現在は専任カウンセラー2名と非常勤カウンセラー5名が授業期間中毎日3名体制で学生さんの思いに寄り添いながら相談にのっています。面接室3部屋と心理教育グループができる大部屋、そしてソファを配した居場所スペースが、安心して居られる空間として用意されています。

    2015年改修前の学生相談室

    これは教育の一環としてということでしょうか。

    ― そうです。40年ほど前になりますが、カウンセラーが専任の教員として配置されました。自分とじっくり向き合って自己理解を深めていくことが、大学生の教育に必要だろうという中部大学の教育理念に基づいてのことです。勉強・学業と人間形成のバランスを大事にしながら心豊かに成長していってほしいという願いから学生相談室が作られたのではないかと思います。

    「学業」と「人間形成」のバランスが重要

    カウンセリングだけでなく、授業も行っているそうですね。

    ― そうです。「高校生」から「大学生」へと大きな変化を迎える1年生の皆さんを対象に、カウンセラーよる出前授業を行っています。新しい環境に身をおくのは、なにかと疲れるものですよね。授業では、こういった「疲れた」とか「困った」といった思いにどう対応したらいいのかを一緒に考えていきます。実は、「疲労感」や「困り感」といった不快な感情も、私たちの人生を心豊かなものにしてくれる可能性に満ちたものでもあるのです。また、新入社員と社長さんのお悩みが違うように、1年生と4年生のお悩みも異なりますよね。入学から卒業までの各時期に応じた心の歩みを共有しつつ、コミュニケーションのワークを通して個々人の受け取り方、感じ方の違いも体験的に理解していきます。「よりよい聞き方」の実習やストレス対処法の実践も毎年好評です。自分自身の心を守り育てていくためのヒントが提供できたらと考えています。

    入学時だけでなく、社会に出てからも役立ちそうな内容ですね。

    ― そうであって欲しいなと思いながら出前授業を行っています。誰かに話しているうちに気分がすっきりしたり、共感してもらって心が軽くなったりした体験があるのではないでしょうか。授業を通して、困ったときには助けを求めていいのだということを知っていただいて、相談したいなと思った時には学内に相談室があることを思い出してもらえたらと願っています。

    予防的な取り組みもしているということですね。

    ― まさにその通りです。思いもしなかった事柄に直面したときや、もう一回り大きく成長したいとき、自分と向き合う心の作業が役に立つことがあります。学生相談室では、自己理解と他者理解のための心理教育グループや、カウンセラーからだけでなく先輩や仲間から学べるプログラムも開催しています。ゆったりとした雰囲気の中でさまざまな「気づき」が得られる機会になっています。

    「自分探しグループ」の案内
    「ひとり暮らし入門」の案内

    今、大学進学は特別なことではなくなってきていると思いますが、その辺りはいかがでしょうか。

    ― 文部科学省の学生基本調査があります。そこには大学進学率の推移が記されていますが、1971年度の大学進学率は、19.4%でした。2022年度は過去最高を記録して56.6%になりました。この51年間でなんと2.9倍になっています。学生数についても全国的に50年間で倍増しています。従来の学力偏重の入試だけですと、どこを切っても同じような金太郎飴のような学生さんが多くなってしまうかと思います。最近の大学は入試方法も多様化し、色々な方法で大学に入れるようになりました。それに伴い、さまざまな背景をもつ若者が大学に入ってきてくれるようになったと思います。

     大学は保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校と積み重ねてきた最後の学校、教育機関です。社会に出る前の仕上げの時期になるわけです。先生や仲間と出会い自己理解を深めて、自分自身をコントロールできるようになり、したいことは何だろうと自分の頭で考えて、自分らしい第一歩を踏み出す準備をするのが大学だとすると、多くの若者がそうした機会を持てることを喜ばしく思っています。

    進学率の上昇

    相談室では学生さんのみならず、学生対応をめぐる教職員、保護者からの相談も受けていると伺いました。

    ― 学生さんのご家族や、身近にいる教職員の人達が、その学生さんの為に何ができるのだろうかと学生相談室にご相談くださることがあります。若い人に限りませんが、体調が悪いときは主体的に相談することが難しくなりがちですよね。身近な方が小さな異変に気づいて、学生さんに相談室をご紹介くださったり、周囲の方がご一緒に支援について考えてくださったりすることが、学生さんのその後の成長につながるように思います。

    学生相談室の居場所スペース
    3部屋ある面接室のうちの1室
    生き物係も体験できる熱帯魚水槽

    相談業務で得られた知見が、地域社会にも生かされていると聞きました。

    ― カウンセラーは相談室で出会う学生さんから多くのことを教えられ学ばされています。例えば、2020年からのパンデミック。コロナ禍で学生さん達は何に困っていたのか、コロナ禍で学生時代を過ごした学生さん達の心の成長の為には今後どのような支援が必要なのか、ということを日々考えさせられてきましたし、この取組は今後も続いていくと思います。面接を通して授けられた新たな視点や知恵は、相談室を利用していない学内全学生の人間形成においても重要なものであると感じています。これからを生きる若者の成長の助けになればと願いつつ、出前授業や心理教育的プログラムの内容を更新しています。有り難いことに、こうした相談室の学生支援のありかたが、地域の若者の居場所づくりや、子育て支援の出前講座などの機会につながっています。少しでも地域社会の若者の心の成長の助けになれるとしたら、それはとても嬉しいことです。

    相談をするうえで大切にしているところは、先生にとってどこになりますか?

    ― 「積極的に待つ」ことと「言葉の力を育む」ことの2つをあげたいと思います。人はなかなか待てないものです。例えば、「いじめられているかもしれない……」と聞いたとき、どのような思いや感情が心の中にわいてくるでしょうか。「え?本当?」と驚き、「何も知らなかった……」と罪悪感をもつかも知れません。「じゃあ、どうしたらいいの?」と不安になり、「何かしてあげなければいけない」という気持ちに駆り立てられるかもしれません。そして、相手に対して、「どうして?」「なぜ?」「いつから?」と、まるで事情聴取のように次々と訊いてしまうかも知れません。こうした思いがわくこと自体は自然なことで、避けようもないことかも知れません。でも、思ったことを反射的に言って終わりにすることなく、目の前の人が感じている不安や恐れに共感することができたら、また違った展開になるのではないでしょうか。 言葉だけでなく、声や表情、身振りなどから、相手が感じているであろうことに注意を向けて、分かろうとしようと努めることが大切だと思います。その人自身もまだはっきりと言葉にできていないような、本人にとても曖昧な思いを、聴き手が言葉にして返すとき、「わかってもらえた」という体験につながることでしょう。「きく」という漢字には、「聞く」と「聴く」がありますよね。「聴く」という漢字の構成を見てみましょう。「耳」だけでなく「+(プラス)」、「目」も使い「心」を尽くして共感しながら「聴」いていく。駄洒落のようですが、それこそ「効」きめに通じるような「よい聴き方」ができるといいですね。「わかってもらえた」と感じたとき、その方はきっとほっとされることでしょう。気持ちが軽くなることでしょう。その人なりのペースでその人なりに成長し、自分の言葉をもてるように見守っていく、積極的に待つ姿勢を大切にしたいと肝に銘じています。

    「ひとり暮らし入門」の一場面

    学生対応のヒントが具体的に書かれた小冊子『学生支援ハンドブック~学生の困ったに効く21の提案』が3月下旬(2022年度)に教職員に届くそうですね。

    ― はい、そうです。大学で働く教職員が、日々の生活の中でどのように学生と接したらよいかをみんなで考えていこうという趣旨で編集しました。学生対応の中でのよくある事例を取り上げ、基本となる対応のヒントを提示する形式をとっています。岐路に立つ目の前の学生さんの話を丁寧に聞き、不安や心細さを受け止め、ともにその解決方法を考えていこうとする、「その人らしさを理解した上での対応」は手間暇のかかるものです。しかしながら、「この人は自分のことをわかってくれる人だ」と分かると安心でき、困難にも立ち向かえるのではないでしょうか。同じ内容であっても、信頼できる相手から丁寧に伝えられれば、落ち着いた行動がとれることでしょう。相談室カウンセラー7名と学生相談機関での臨床経験がある学部教員5名で分担執筆しました。教職員の学生支援力の向上と、学生さん達の人間形成に役立てばと願っています。

    『学生支援ハンドブック』の表紙
    『学生支援ハンドブック』の一項目

    インタビュアー感想:
    中部大学の学生相談室は歴史があり、必ず佐藤先生にはご出演頂こうと考えていました。初代の桐山先生が土台を作り上げ、その後、現代の学生の心に寄り添いながら試行錯誤をし、学生相談室の進化を発展させているのが、佐藤先生を筆頭とするカウンセラーの先生方です。目に見えない心の動きは、計り知れなく遠く深いものであるがゆえに、先生方の日々のご苦労を慮ります。情報過多の世の中とSNSでの個人間だけの繋がりに、救われる人、救われない人の両方が存在すると思います。それも考慮したより良い「居場所」づくりに専念されていらっしゃることに感動すら覚えました。

    佐藤 枝里
    学生相談室、人間力創成教育院初年次教育プログラム 教授 
    専門分野:臨床心理学

    中部大学について