ワクワク好奇心研究室 Vol.18 

お知らせ

    土田さやか先生 応用生物学部

    先生は今話題の腸内細菌、微生物を研究していらっしゃいます。

    ― 腸内細菌は、最近人の腸内細菌で注目されていますが、私の研究対象は人ではなく野生動物です。昆虫もそうですが、人、動物、虫も皆、腸があって腸内細菌を住まわせているので、人でなくてもどの動物でも研究対象になります。

    人間の体の中に腸内細菌はどれぐらいあるものですか?

    ― 約1000種類、重さで言うと成人の男性で1キロ、女性だと700グラムくらいだと言われています。

    野生動物の腸内細菌を調べることで何がわかってくるのでしょうか?

    ―  その動物がどのような進化を遂げてきたか、食べ物にどう適応したかがわかってきます。食べ物によって消化管の形態は大きく変わります。人間ですと盲腸は退化してほとんどないですが、雷鳥ではとても大きい盲腸を持っています。その雷鳥は高山植物を食べていますが、それを分解・消化するには大きな盲腸が必要で、そこに住まわせる腸内細菌も必要とされているのです

    雷鳥は高山植物を食べますが、高山植物自体も食べられてはいけないのでガードしているという話もありますね?

    ― 二次代謝産物という言い方をしますが、植物も自分を食べられてしまっては繁茂出来ないので、植物は食べられた時に苦く感じるものや、食べられないように消化に不利なものを作っています。雷鳥は高山に住んでいるので食べ物は高山植物しかないんです。それを食べるために、植物が作っている二次代謝産物と言われる「毒」であったり、「反栄養物質」といわれるものをしっかり分解できる腸内細菌を持っています。

    立山の野生ライチョウと排出したての盲腸糞

    それが盲腸の部分で働いているのですか?

    ― そうです。だから盲腸が大きくなっているのです。食べたものを盲腸で滞留させて排出までの時間を稼ぎます。入った栄養がすべて外に出ていかないように、盲腸に入れてきちんとそこにいる腸内細菌で解毒して分解・消化することで、生きていくための必要なエネルギーを得ているのです。

    いやー凄いですね。

    ― そうなのです。とても不思議でよく出来た消化システムを持っていて、そのシステムの一部が腸内細菌です。

    雷鳥は国の特別天然記念物で激減しているということで環境省も動き出し、動物園での保護観察下である程度育てているのですが、野生環境に適応するような飼育が必要なのですね?

    ― 動物園にはいくつか役割があって、それの一つが「種の保存」です。実際に生息する場所でもし絶滅してしまった時に動物園で持っている種を元居た場所に戻すという大きな役割があります。ですから、動物園で飼育するのはただ飼育して展示しているだけではなく、一方で野生に返す素質を持った個体を維持することが必要です。雷鳥でいうと、高山植物の毒素を解毒できるような作用を持っている腸内細菌は野生の生活に必須ですので、それを飼育下でどう維持するのかがとても重要な問題だと思います。

    ライチョウの野生復帰への研究チームの貢献

    野生下の腸内細菌と動物園で飼育されている腸内細菌は全く別物なんですね。

    ― 全く異なっているのです。哺乳類ですと母親が育てるので、母親の腸内細菌叢が子に伝搬しやすいですが、鳥の場合、残念ながら卵で、しかも人工孵化出来てしまうということになると母親との接触がない状態になります。最近は自然育雛で、母親が卵を温めて母親のお腹の下で孵る試みもなされていますが、5年ほど前までは卵を孵卵器に入れてそのまま孵して人工育雛する、つまり人の手で育てていました。そうすると人に近い腸内細菌叢になってしまうことが明らかになってきました。現在は、人工飼育下個体に野生環境で生存できるような腸内細菌を定着させる試みを実施しています。

    飼育と野生ライチョウの腸内細菌腸内細菌糞

    腸内細菌を取り戻すって、これも凄いことですね。

    ― 無いところから生むことは出来ないので、野生から有用なものを取ってきて冷凍庫で沢山保管し、それを薬のように処方するような形で与えて腸内細菌を復活させる取り組みを行っています。

    腸内細菌を調べるとき“糞待ち問題”があるようで、その奮闘ぶりを教えていただきたいです。

    ― 人は検便の容器にしてきてくださいと言えるのですが、野生動物はそれができないので、動物を追跡をして糞をするまで待つということになります。今まで一番待ったのが、11時間~12時間ぐらいです。富山県の立山の雷鳥の「糞待ち時間」で、一羽のメスの雷鳥を朝見つけてそこから追い続けました。雷鳥は、ポロポロッと7分おきぐらいに植物を食べたもののカスが出る糞と、1日に2回ぐらいしか出てこない盲腸からずる~っと出てくる糞の2種類あります。タイミングによっては既に糞をした後ということがあって、その時は糞をしてしまった後に見つけたので、盲腸から出る糞の2回目を待ったのが12時間になってしまいました。氷点下の中、長靴を履いてただひたすら待ちました。高山植物を踏み荒らしてはいけないので、もし間違って踏んでしまってもかたい登山靴ではなく、底の柔らかい長靴であれば問題ないので、立山の雷鳥調査時には長靴を使用します。ただ登山靴に比べ長靴はとても寒くて、足が霜焼けになりました。

    立山室堂での「ライチョウの糞待ち」

    寒いところにも行かれますが、実は暑いアフリカの奥地にも出かけられて、ゴリラの糞待ちも行うのですね。

    ― 博士課程の学生の頃にアフリカ ガボン共和国のニシローランドゴリラの腸内細菌の研究をしていて、その時はニシローランドゴリラのグループの後ろをついて歩いて、ポトポト落としてくれる落とし物を採取していました。なかなか難しいのが距離感で、あまり詰めすぎると、シルバーバック(グループの長)に怒られたりして、「ちょっと近いよ!」と胸をパカパカするドラミングをされ「ガオ~!」と吠えられたこともありました。止まってくれたので良かったです。

    ガボン共和国 ムカラバ・ドゥドゥ国立公園の野生ニシローランドゴリラ
    ウガンダ共和国 ブウィンディ原生国立公園の野生マウンテンゴリラ

    動物園のゴリラと野生のゴリラの比較で面白かったことがあるということですね。

    ― 野生でも飼育でも、ゴリラであれば持っている腸内細菌を発見しました。それは乳酸菌の一種です。その乳酸菌がどのような働きをしているのを調べたところ、食物繊維の分解能力は野生ゴリラのほうが飼育ゴリラに比べて圧倒的に高いということもわかりました。

    野生ゴリラの食べ物
    飼育ゴリラの食べ物

    もう一つ面白かったのが、塩に対する耐性が飼育ゴリラのほうが高かったのです。高濃度の塩に耐えたということです。ゴリラは草食動物ですから、塩を取るのがとても大変です。欲しくて探して食べます。ガボン共和国の野生ニシローランドゴリラは枯死木(コシボク)と言って立ち枯れた木を食べます。枯死木の成分を調べたところ、ナトリウムを高濃度に含んでおり、それを噛ることによって野生ニシローランドゴリラは塩を得ているということがわかりました。

    ガボン共和国
    ムカラバ・ドゥドゥ国立公園の
    野生ニシローランドゴリラが噛る古死木

    木をかじって塩を取る?ナトリウムを蓄えているのですか?

    ― そうです。ガボンの森には生えていている樹種の枯死木からナトリウムを得ることができます。木が死なないと取れないのですが、野生のニシローランドゴリラをはじめ、草食動物はみんなガリガリ食べます。動物園の方は、欠乏すると大変なのでナトリウムを多めに与えています。腸内細菌はこれをとても反映していて、動物園のゴリラは塩によく耐えるという性質を持っていたのがとても面白かったです。

    人も昔はもう少し野性的であったでしょうに、現代は豊かになって我々の腸内細菌も変わっていると思いますが、いかがでしょう?

    ― 腸内細菌と私達自身は長い年月をかけて我々は一緒に進化してきているわけです。共進化ですね。例えば精製されているものであったり、塩分濃度の高いものであったり、そういうものを食べるのは歴史でいうと、ごくごく最近に変わってきたことなのです。現在の我々の腸内細菌が近代化した我々の食生活に最も適した形になっているかというと、実はもっと長い年月をかけないとなかなか適応はできないと思っています。実際に私達がどのような歴史を経て今の生活をしているかということをもう一度考えて、自分が食べているものは果たして消化管に良いのかを今一度考える必要があると思います。

    先生の研究のゴールはどこになりますか?

    ― 動物の本来のあるべき姿は野生のものであると思います。希少動物の野生復帰を考える時に、一旦飼育下の腸内細菌が出来上がってしまったものを野生復帰させるのは非常に難しいと考えます。野生復帰を目指す場合は、私がとってきた野生由来の有用腸内細菌を与え、野生の生活に適応できるような形にしてから野生に帰すという飼育技術の確立を目指したいと思います。そのためには遺伝子だけで、“いる”“いない”がわかっていることだけでは不十分で、いつでもそれを取り出して使えるように「生きた細菌」を捕まえて保存することが、野生動物の腸内細菌学者としては必要なことだと思っています。

    インタビュアー感想:
    常日頃、腸の役割が生命を保ち健康を維持する上で非常に大切と考えている私にとって、腸内細菌の話自体興味深いもので知的好奇心をそそられるものでした。それにしましても、小柄な土田先生が寒い立山で12時間のライチョウの糞待ちに耐え、アフリカで野生ゴリラの長に威嚇されても糞を取る研究魂に敬服します。このような地道なご研究が野生動物の未来に繋がるだけでなく、私達がどう生きるかにも関係していることでもあり、大変有り難いことだと感じています。

    土田さやか
    応用生物学部 講師
    専門分野:細菌学、衛生学、実験動物学

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