心をまっすぐに

お知らせ

    工学部電子情報工学科
    教授 栗濱 忠司

    大学の教壇に立つようになって四半世紀が経とうとしているが、いまだに授業に高い壁を感じることがある。研究に行き詰まったときには、輪読会で自分が初めて皆に紹介した論文を読み返し、学問や科学への憧れ、畏敬の念を思い起こし、再び前進するようにしているが、授業の壁を打破する方策はそうそう容易に見つからない。自分なりにいろいろと試みてきたが、最近では2冊の本が道標となってくれている気がする。

    1冊は『食堂かたつむり』、著者は小川 糸である。主人公は、料理を作り、人々がその料理を食べて心地よくなることに幸せを感じ、材料の一つひとつに愛情と感謝を込める。表現も美しい。一節を引用してみよう。「私は洗い立ての手のひらで、それらの食材にそおっと触れた。そして、生まれたばかりのちいさな命を慈しむように、ひとつひとつ、両手で持ち上げては顔の近くまで抱き寄せて、目を閉じたまま数秒間、食材達と言葉を交わす」読み進んでゆくうちに、背筋はピンと張り、心がまっすぐになる。

    小川洋子著の『博士の愛した数式』もまた、同じ作用をもたらしてくれる。主人公は、初めて訪ねて来た家政婦の靴のサイズを聞き、24は4の階乗でとても潔い数だと受け入れ、褒める。友愛数という優しい数たちの存在も、何十年かぶりに私は思い出した。

    毎学期の最初のクラスへ行くときには、受講生が100人いたら百の個性をまず受け入れる覚悟で教室の扉を開ける。この子ら一人ひとりが、親の精一杯の愛を受け、慈しまれ、大切に大切に育てられてきたのだ。

    先日、自分の授業をDVD に記録していただく2度目の機会に恵まれた。相変わらずの、どちらかと言えばスローペースであったが、8年ほど前の1度目と比較して、継承している部分と自分なりに改善している部分とがあり、まだまだ改善すべきところにも気づかされた。同じ機会を持たれた先生が「商品は出来上がったら必ず試験をして、評価をしてから店先に並べられる。授業が大学の商品の1つとするならば、自分の授業を自分で見るのは、試験と評価になるのではないか」とおっしゃったが、まったく同感である。これからも、学生による授業評価(学生個々の主観的意見)と、私の授業を見学してくださった先生方のご意見(プロの客観的意見)を融合させ、心をまっすぐにして、受講生たちの将来のためになるような授業を構築していこうと思っている。

    ANTENNA No.97 (2010年4月)掲載

    中部大学について