試行錯誤のための時間を取り戻そう ~ 講義ポートフォリオの試み

お知らせ

    国際関係学部国際関係学科
    教授 原田 太津男

    教育技術やサービスの質がしばしばなおざりにされてきた日本の大学教育の歴史からすれば、その改善に向けた努力、例えば「わかりやすさ」の追求には意義がある。技術的に言えば、ポイントの絞り込みと反復学習を中心に据えれば、比較的容易にそれは実現する。しかし、単なる知識や情報サービス提供業でないところに大学教育の本質があるとすれば、訓練効率にはすぐれた軍隊などとは違う形で、実社会で通用しづらいような「無用の用」について気づく機会を提供しなければならない。それが私の講義の出発点である。

    なぜならば、現在の学生像と彼らが育った環境は、右肩上がりの経済を経験しないまま大人になるまでの期間が長い成熟社会であったのに、就職活動に追われ、実質的な大学での教育期間が3年余りにとどまるからである。講義の技術は、大学教育や学問の理念に基づきつつ「顧客」像の変化を前提条件としなければならない。

    言うまでもなく、あらゆる学問は常識の根拠を問い、揺るがし、そうして社会の発展に寄与してきた。私の専門である経済学は、多くの人の人生を無責任に左右する理論と政策を常識として喧伝(けんでん)し、人心の荒廃すら招いてきた。だから、講義では、そうした常識を疑う態度を持ちつつ他人との共生の中で知恵を生かしていく態度が身につくように、(1)学びの「自己評価」を必ず2回実施し、(2)報告や発言の機会を増やして、加点対象とする、(3)毎回の小テストを講義ポートフォリオにまとめ、上位数回分を評価対象とする、さらに、(4)講義中はいつでも質問してよいという仕組みを取っている。学生が、講義に疑問を持ちつつ参加し、学習成果を自己評価しながら進むことで、「気づき」の機会を持つよう工夫している。

    自習能力の涵養(かんよう)に不可欠な、疑問と試行錯誤を生み出すための「遊び」が社会制度全体から失われているが、若者の成長にはその経験が不可欠であるということを私たちは忘れるべきではない。

    ANTENNA No.91 (2009年4月)掲載

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